長谷川櫂、俳句の五か条
一、師を選ぶべし。これ一番の大事なり。誤れば終に道に出でず。
一、古典を学ぶべし。怠りたるが故に潰えし人の死屍累々たり。
一、時代を越ゆるもの求めよ。時代に合はするは卑し。
一、言葉に禁あらず。禁めかしていふはその人使へぬだけなり。
一、あとは存分に。
この五か条は、角川書店出版の「俳句10月号」(平成13年)に載ったものである。公の前で宣言したのである。櫂氏の覚悟が示されている。この基準によって今後、櫂氏は俳句に取り組むであろう。弟子はこれをしっかりと肝に銘じなければならない。
この五か条を自分なりに自分の経験も踏まえて解釈してみたい。解釈は人それぞれ微妙に異なるであろうが、それはそれでよいのではないかと思う。私は私の解釈を大切にしたい。
さて最初の「師を選ぶべし。」であるが、私は縁あって櫂氏が主宰する古志に入会した。覚悟というものはなく、私の知り合いがたまたま古志同人であり、入会を勧めてくれたからである。それまでは新聞投稿が中心であり、自由気ままに句を作っていたのである。
入会し櫂氏に何度か句会で指導を受けているうちにその造詣の深さと俳句に対する真摯な態度、それに作品に強く感銘を受けた。それまでは私の句は安定感がなく、凧のようにふらふらとしたものであったが、だんだんと方向も定まってきた。また一人一人の句の個性も引き伸ばしてくれるのである。出会いはたまたまという軽いものではあったが、実によい縁に恵まれたのである。
では「恵まれない師」とはどういうものなのであろうか。それは自由きままに作らせる師である。その方が個性が伸びるという方もいるであろうが、個性とは基礎基本がしっかりとできてからである。一人で自由きままに作っていても同じ処を堂々巡りしていることが多い。これは私の体験から云えることである。しっかりとした師からしっかりと指導を受けることは、特に初心者にはとても重要なことである。最初にボタンをかけ間違えると後で大変苦労するのである。これも私の体験から云えることである。
次の「古典を学ぶべし。」であるが、私は俳句をやる前は短歌を長年やっていた。また和歌の知識は多少持っていた。この知識や実作が俳句に役立った。和歌のリズム感は多少なりとも持っていたので、俳句にもそれが重要であることが体感理解できた。また、リズム感は切れ字にも通じているのである。リズムがあるから切れがあるのである。
さて師は古典といっているのであるが、俳句の古典といえば松尾芭蕉である。芭蕉を知らない俳人はいないであろう。芭蕉の名句だけでなく子規のような近代俳人の名句秀句をたくさん覚えると、それが自然と血や肉になってくるのである。当たり前のことではあるが、それを実感していない方がベテランにも結構いらっしゃるのである。初心者はつくることよりも覚えることに重点を置いてもよいのではなかろうかと思う。
だが私は個人的な理由によりに芭蕉は捨てた。櫂氏は古典を学ぶべしと云ってはいるが真似るべしとは云っていないのである。学んで捨てることも時には大切であろう。
また櫂氏は旧仮名遣いを大切にしている。この五か条もそれらが使われている。俳句に新仮名遣いを使う方が多くなってきたが、やはり味わいという面からすれば旧仮名遣いが勝っていると思う。また、助動詞などは文語の方が感覚的に良い。「〜だった」より「けり」の方が俳句が引き締まるであろう。
三つ目は「時代を越ゆるもの求めよ。」である。多くの俳人は時代を超えるものを求めていないように感じられる。安定志向の俳人が多いのである。それは若者が少ないということにもつながっている。老人や中年は安定を求めるものである。過去への郷愁を懐かしむものである。時代に迎合しやすいのである。冒険ができないのである。この三つ目は難しい課題である。だが、目指さなければなかない課題である。時代を超えるものは何か、常に新しいものに目を向ける必要があろう。だが二番目の古典の知識教養も大切なのである。それを踏まえて時代を超えることが大切である。
四つ目は「言葉に禁あらず。」である。外来語なども積極的に活用してもよいということである。俳人によってはカタカナをとても嫌う。はっきりと使うなという専門俳人もいる。私は使う方であるが、句会で点が入ることが少ない。古い言葉、古い表現の句に点が入りやすいのである。特に古典に教養のある方はその傾向が強い。古典の教養に頼りすぎて言葉に新を求めないのである。俳句には似合わないと思われがちな言葉なども俳句に活用していきたいと思う。仮に句会で点が入らなくても実行すべきである。点などに惑わされることなく、師の言葉と選を信じて句作すべきである。
最期に「あとは存分に」と師は述べておられる。よって存分に解釈させていただいたのである。古志の会員や同人にもこの五か条を軽く考えている方がいる。私はしっかりと頭にたたきこんだ次第である。
ひとつもどる