不易流行の句

 不易とは、永遠に変化しないものとして、また流行は時間と共に変化していくものとして一般的にとらえられている。さて、芭蕉は実際、この概念をどのように具体的に提唱したのであろうか。「不易流行の句」とは、どのようなものなのだろう。
 想像するに、不易というのであるから、俳句には永遠が必要ということである。永遠とは、時代がどのように変化しても感動を与えるということであろう。
 では、流行とは何であろう。その時代にあって、誰もが見つけだせなかったものということであろうか。それは素材であったり、考え方であったり、見方であったりするのであろう。つまり、その二つを合わせると、不易流行の俳句とは、その時代の新しいものであって、なおかつその時代を超え、未来の人々をも感動させる句ということであろうか。具体的な句を考えてみよう。

古池や蛙飛び込む水の音     芭蕉

 静寂を突き破るものは蛙が飛び込む水の音である。突き破ることにより、その静寂が一層印象的に目立つのである。見事な技法である。静寂を感じさせるには、それを破壊するのである。この技法は当時新しかったと思われる。これが流行である。不易は、このような環境が人々に安らぎを与えるこということである。茶道にも通じる世界である。この安らぎは未来永劫変わるものではないのである。
 この句によって、芭蕉は俳句開眼したといわれているが、分かるような気がするのである。不易流行を典型的に示す句である。不易流行とは何かといえば、この句といえばよいのである。恐らく生きていたら芭蕉も否定はしないであろう。
 では我々は不易流行の句が詠めるであろうか。「流行の句」はある程度発想の豊かな人なら詠めるであろう。「不易の句」は流行の句よりも難しいと思うけれど、過去を学習すれば詠めるであろう。しかし「不易流行の句」となるととても困難という気がするのである。このような句は名句といってもよいであろう。

                                                2007.10.28