俳論と引用
俳論を読むと実に引用の多いものに出会すことがある。7、8割が引用であり、その引用以外も引用の要約ではないかと思えるものがある。引用されている俳論は出来のいいものらしく、よく書けている。だから引用するのであろうが、その引用が読者にとっては為になるであろう。
こういう書き方をしていると、自分の考えと他者の考えの境がなくなり、混沌としてしまうのではなかろうか。また単純にパクリと引用の差もなくなってしまうのではないかと思うのである。
だが、まだ引用と記すのは、善良である。引用、要約しているにも関わらず、それを一切記載せず、全部自分の考えという書き方をしているのも見受けられるのである。これは俳論だけの話ではなく、それぞれの学問の分野で行われているのである。
私は引用をあまりしないが、引用も思考を発展させる上でとても重要であり、理論と理論を組み合わせて、別の理論を展開することも重要な思考のプロセスである。自分の考えと過去の賢人の考えを明確に分類し、また関連づけて俳論を展開したいものである。
2007.8.15