簡単な俳論の書き方

 俳句の上手な方はたくさんいる。しかし、俳論の書き手となるとずっと少なくなる。
「俳論を書いてみたいけれど、どうも書けないな。何を書いていいかがよく分からないな」
という方が多いのである。書く対象がはっきりしていないのである。
 すなわち対象がはっきりすると書けるのである。よって、その対象を決めればよいのである。
 こういうやり方はどうであろう。過去の有名な俳人の句か自分の先生の句を鑑賞及び分析するのである。つまり、一人の俳人の名句といわれている作品を十句程度選び出し、それを一つ一つ丁寧に鑑賞するのである。名句ならば良いところもはっきりしているので、とても鑑賞しやすいであろう。そうするとその俳人のある傾向が発見されるであろう。それを最後に分析し、まとめるのである。 例えば正岡子規なら、植物などの生態をよく観察し、その中に自分の人生観が表現されている、とかという風にまとめるのである。これで簡単な「正岡子規論」の出来上がりである。
 簡単すぎるではないかという方は、過去の俳論の書き手の方法をまねるというやり方がある。たとえば「高浜虚子論」という論文があったとしよう。その作者の分析の項目を調べ出し、その項目に従って、たとえば「俳句太郎論」を書くのである。分析項目は仮に全く同じであったとしても、内容が全く違うのであるから、模倣とはならないのである。これならしっかりとした俳論といえるであろう。俳論も俳句と同じように真似ることから始めればよいのである。題名は同じであったとしても、中身が違えばよいのである。
 また、ある俳論に対して反対の論を展開するというやり方もある。これも対象がはっきりしているから書きやすいであろう。
 さて、俳論を書いたはいいが発表の場がないという方がいるであろう。俳論は俳句と違ってスペースをとるのである。なかなか雑誌には載せてくれないであろう。発表の場がなければ長続きはしないであろう。よって、発表の場を自分で確保すればよいのである。一番いいやり方は、自分のホームページを作り、それに載せればよいのである。誰にも文句はいわれないであろう。だが自分の俳論を客観的に眺めることは大切である。知り合いに読んでもらって批評を受けることも大切である。


2007.8.8