切れ字の一考察
俳句に切れ字は必然としての存在である。切れ字はいくつかあるが、特に「や」はもっとも重要な切れ字である。
降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男
あまりにも有名な句であり、切れ字「や」の代表句である。「けり」も切れ字であるが、この場合、「や」がはるかに重要であり、重い。さて、この句を二行に書き改めてみよう。その方がこの句を理解する上で分かりやすいであろう。
降る雪や
明治は遠くなりにけり
まず力強く読み出し、「や」の後に一拍の休止を入れ、また「明治」で力強く読み出し、余韻を入れて「けり」で読み終わるのである。恐らく誰が読んでもそうなるであろう。「や」はこの場合、「降る雪」を強く印象付ける働きをしており、読者に「降る雪」を強く想像させるのである。その後、「明治は遠くなりにけり」で降る雪の背後に明治の冬の情景を浮かび上がらせるのである。その情景は読者によっていろいろであろう。想像の範囲の広い句であり、その分深みを与えているのである。その深みも「や」が与えているといって過言ではないのである。「降る雪の」では全体のバランスが崩れるだけでなく、深みも消え失せてしまうではないか。「や」は句に深みだけでなく、安定感も与えるのである。
俳句は短い。一気に読んでは余韻がなくなってしまうのである。音の強弱もつけられなくなるのである。それらも「や」は与えてくれるのである。
「や」で支えられている名句は数限りなく存在する。その効果は、この句の場合とほぼ同様であろう。この名句は「や」の持っている良さを全て表現しているのである。
さて、この句にはもう一つの切れ字「けり」がある。一つの句に二つの切れ字は普通使用しないのであるが、この場合上句の力強さに下句が押されてしまい、「けり」でバランスをとったのである。この句は、二つの切れ字で名句となり得た珍しい句である。しかし切れ字は一つの句に二つ使用してはいけないと考えた方がよいであろう。
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