フォト五七五
NHKの教育テレビで、「フォト五七五」という番組をやっていた。興味をもって観させてもらった。要するに写真俳句ということであろうが、NHKでは「新しい文芸の誕生」であると結論づけていた。たしかに興味をもつ人がさらに増えればそうなる可能性は十分ある。
さて、「フォト五七五」を観て感じたことがいくつかある。俳句とはやや異なるこということである。だから写真俳句と言わずに「フォト五七五」というのだろう。
まず、対象を文字に敢えてする必要がないということである。たとえば写真にヒキガエルが写っていたとしよう。すると五七五の文字にヒキガエルなどと文字を入れなくても、写真に映っているのであるから省略できるということである。よって、ヒキガエルが何をしているのかを五七五にすれば良いということである。また、写真で語る部分が大きいので、文字だけでは不明瞭であったとしても観る人はすぐ理解できてしまうのである。つまり写真が重要ということなのである。フォト五七五は写真の才能がとても重要ということである。良い場面の写真がなければ良い句もできないということである。写真が主であり、五七五が従ということである。だが、写真の性能は昔に比べ遙かに良くなったので、お年寄りでも良い写真は撮れるようになった。野外で何度も撮るうちに五七五向きの写真も撮れるように思う。写真付きの句は綺麗であり、飾りやすいので今後発展すると思われる。
さて、「フォト五七五」とNHKで勝手に名付けていたが、確定した言い方ではないように思う。まだ「写真俳句」の方が通りがよいのではなかろうか。「写真俳句」は俳句雑誌などで時々行われている。この「写真俳句」と「フォト五七五」の違いは何であろう。俳句雑誌社の実施する「写真俳句」は俳句が重視されているように思う。俳句だけの、意味が不明瞭な作品は高く評価されていないようである。
また俳人の中には自分の俳句に、それにふさわしい写真を自分で撮ってきてホームページなどに発表する人がいる。つまり俳句が主であり、写真が従なのである。俳人はその傾向が強いのである。だが写真好きは写真が主なのである。これは写真と俳句の二つの分野が合体したことであるので、どちらが得意かによって決まるであろう。私も写真俳句を以前ホームページに載せたことがある。やはり無意識のうちに写真よりも句を重視していたのである。
今後どちらが主なのかという議論も起こりそうな分野ではある。私は写真の方が主になるような気がする。何といっても写真は分かりやすく、デジタル画像であるので、インターネットでも掲示することができ、時代にも合っているのである。
2007.12.30