俳句歳時記学入門

 歳時記学は長谷川櫂主宰が提唱した学問である。しかし古志同人及び会員の方々も少し戸惑っているように感じられる。それはどのように研究を進めていけばよいのかがよく理解できていないからであろう。
 そもそも『歳時記学』とは何であろう。「歳時記」を辞書で調べてみると、
1 年のおりおりの自然・人事などを記した書物。歳事記。
2 俳句の季語を集めて分類・整理し、解説や例句を載せた書物。俳諧歳時記。季寄せ。
と書いてある。元々一番の意味があったのであろう。その発展として「俳句歳時記」ができたのであろう。
 また、「学」は学問ということであり、学問とは文化の1つで、系統的・体系的知見の総体である、と辞書には書いてある。
 歳時記学というからは、系統的・体系的な学問でなければならない。よって、歳時記の研究対象としてどのような分野があるのか、またどのような分野がどのような相互関係になっているのか、あるいはそれぞれの分野はどのような構造になっているのかを研究していかなければならないのである。
 さて、私は歳時記よりも俳句歳時記に興味がある。よって、対象は俳句歳時記学とする。最初は範囲を狭めてもよいのではないかと思っている。俳句歳時記でもなかなかに広い研究分野ではある。
では、俳句歳時記には具体的にどのような研究対象があるのだろう。思いつくまま記述してみよう。

1 俳句歳時記の成立過程
  俳句歳時記は歳時記から誕生したのであろう。いつ頃なのであろう。俳句の形式ができた頃であろうか。また俳句歳時記の原点は何だったのであろうか。その辺の研究がまず必要である。

2 俳句歳時記の歴史
 俳句歳時記の成立から試行錯誤があって現在の分類形式になったのであろう。しかし、まだまだ改良の余地はある。その歴史を十分調べる必要がある。歴史から学ぶものは多い筈である。

3 俳句歳時記における用語の整理
 季語・季題・兼題だけでなく、忌日、時候、天文などの俳句的定義などである。学問の用語は明確に定義づけなければならないのである。これは絶対的条件である。これがあやふやであると学問として体系化できないであろう。

4 俳句歳時記の分類形式
 季語は春・夏・秋・冬・新年の四つに分類され、その一つ一つが時候・天文・地理・生活・行事・動物・植物の七つに分類されている。この形式の成立過程及び新しい分類形式が研究対象となろう。個人的には「新年」という分類が不思議な気がするのである。何故四季の分類から新年を取り出したのであろう。新年は元々春だったのであろうか。この成立過程を調べてみたいものである。

5 季語の分類方法
 季語はそれぞれの季節に分類されているが、本当にその季語がその季節に相応しいかが研究の対象になるであろう。また時候などの七つの分類は本当にそれでよいのであろうか。

6 季語の大きさ・範囲
 季語には大きいものや小さいものが存在している。春はとても大きな季語であり、春いう季語は多くの小さな季語を包括している。その関係なども研究対象となるであろう。

7 旧暦と新暦の関係
 旧暦で季語を分類する場合と新暦で季語を分類する場合があり、その特徴などが研究の対象になるであろう。

8 季語の季節感
 季語には季節感の強い季語もあればそうでない季語もある。例えば「春の川」は春そのものであるが、「ぶらんこ」は春とされている。この季語は春に入れてよいのだろうか。夏でもよさそうに思う。このように季節感と季語との関係も研究対象となるであろう。

9 季語の使用頻度
 よく使用される季語とそうでない季語が存在しているが、何故そうなのかを調べるのも面白いと思う。それぞれの結社誌での季語の使用頻度を調べればその結社の傾向が分かるかも知れない。

10 新季語の認定の条件
 新しい季語は毎年追加されている。その季語を認定する場合の規準などが研究の対象になるであろう。これは少し主観が入るかも知れない。

11 俳句歳時記の例句の傾向
 俳句歳時記には写実句が多いものもあれば、作成者の所属する結社から多くの俳句を選択している場合もある。例句の傾向も研究対象となるかもしれない。

12 季語と名句の関係
 季語の中には桜のように名句・秀句ができやすいものとそうでない季語があるように感じられる。何故なのであろう。日本人の好む季語から名句が生まれやすいのであろうか。

13 消える季語
 昔はよく使用されていたが、現在ではほとんど使用されなくなった懐かしい季語がある。たとえば「角巻」「雪女郎」「蠅捕紙」など。消えゆく季語はなかなかに面白い研究対象であるように思う。

14 地方季語
 沖縄の「小夏日和」のような興味をひく地方季語がある。調べればそれぞれの地方にいくつか存在しているように思う。それらを調べて「地方季語一覧」にするのも可能である。

15 故人と忌日
 有名な文人は故人となれば忌日となり俳句に詠まれることが多いが、この季節感の無い特殊季語は十分研究対象となるであろう。五十六忌や幸吉忌など、文人以外の忌日も必要である。

16 珍しい季語の存在理及び使用法
 「山笑ふ」とか「蚯蚓鳴く」などという面白い季語はどうしてできたのであろう。とても興味深い研究対象である。また、そういう季語をさらに増やしてもよいかも知れない。

17 美しい季語、そうでない季語
 桜や牡丹などの美しい季語もあれば、百足や油虫などの美しくない季語もある。美しくない季語で名句は詠めるのであろうか。油虫の名句は聞いたことがない。面白い研究対象となるかも知れない。

18 季語の複数表現(親季語と子季語の関係)
 例えば、「雲雀」という春の季語がある。この「親季語」には、告天子、夕雲雀、初雲雀、揚雲雀、舞雲雀、朝雲雀など複数の「子季語」がある。それぞれ趣があり、ニアンスも少しずつ異なっている。この表現方法も研究対象となるように思う。
 最も多い親季語はやはり「雪」であろうか。初雪、雪催、小雪、根雪、粉雪、牡丹雪、綿雪、小米雪、細雪、飛雪、吹雪、大雪、深雪、雪明り、暮雪、雪国、雪の声、夜の雪、朝の雪、雪の宿、雪女郎、雪女、雪晴、地吹雪、雪しまき、雪起し、雪囲、雪吊、雪掻、除雪、除雪車、雪踏、雪卸、雪合戦、雪達磨、残雪、雪割り、斑雪、春雪、雪蛍、雪兎、雪明り、雪安吾、雪遊び、雪折れ、雪掻き、雪垣、雪合羽、雪解風、雪野、雪汁、雪浪、雪の声、雪見酒、雪眼など多様である。

19 季語の品詞
 季語には名詞、動詞、形容詞、形容動詞などがあるが、その傾向なども研究対象となるであろう。しかし、これはやや限定的である。

20 大型歳時記とコンパクト歳時記
 大型歳時記からコンパクト歳時記が作成されたのであろう。コンパクト歳時記の季語はよく使用される季語が選択されているのであろう。あまり研究対象としては面白くないかも知れない。

21 ネット歳時記の発展
 インターネットが進歩して、ネット句会やネット歳時記などが盛んになってきたが、ネット歳時記の形式や内容なども十分研究対象となるであろう。また今後どのように発展進歩していくのであろうか。

 思いつくままに書いてみたが、まだまだ研究対象はあるように思う。私が思いつかなかっただけである。歳時記学は始まったばかりである。試行錯誤を繰り返しながら進歩発展していくのであろう。
 さて、研究を行う上で重要な問題がある。文人は主観的感覚で判断する傾向があり、書く内容が主観的になりやすいのである。主観の文章は「随筆」であり、研究論文ではないのである。研究論文は事実と論理と発見で書き進めなければならない。それから結論が導き出されるのである。「私はこう思う。理由はないけれど・・・・」というような内容にはあまり意味がないのである。学問と創作は異なるのである。

                                         2009.4.25