若者は何故俳句をやらないのか

 それは若者にとって、俳句は魅力がないからである。若者にとって、つまらないのである。たいくつなのである。心がどきどきしないのである。古くさいのである。年寄りしかやらないと考えているのである。世の中には、若者の興味関心を惹きつけるものがあくさんあり、俳句が若者の心に込む余地がないのである。
 ではどうしたら若者に振り向いてもらえるであろうか。興味関心をもってもらえるであろうか。私は特効薬はまずないと考えている。俳句は大人の文学である。基本的に若者の文学ではないのである。恋歌などがある短歌の方がまだ若者を惹きつけるであろう。以前、俵万智という歌人が二百八十万部を越える歌集を出したことがあった。それは若者の心を掴んだからである。その歌集は若者の気持ちを歌い、恋をうたい、現代を歌っていた。俳句ではどうであろう。俳句は気持ちを述べる文学ではないである。若者は自分の気持ちを自由に述べたいのである。歌いたいのである。しかし俳句で歌うことはできないのである。俳句は制約の文学であるが故に、大人の文学なのである。大人は自分の気持ちを子供のようにおいそれとは示さないのである。押さえるのである。理性が働くのである。俳句はそれ故、理性の文学であるといってもよいのではなかろうか。
 俳句は大人の文学であり、理性の文学なのである。よって、愛がどうだの、恋がどうだの、異性に裏切られたなどと迷っている若者には無縁なのである。

                                                  2007.10.19