白い車


 長生橋の中ほどで一人の若い女性が車にひかれ、川に落とされると言う事件があった。女性はもちろん死んでしまった。下流の杭にひっかかっていたそうである。ひかれた現場にはその女性のハンドバックが落ちてあり、橋の欄干には女性の血痕が残されていた。
 犯人は誰であるのかなかなか分からなかったが、ひいた車は白い車ではないかという噂が立った。
 一ヶ月経ったある雨の降る晩であった。橋のたもとに一人の美しい女性が立っていた。年の頃は二十歳ぐらいで、長い髪をして、薄青いワンピースを着ていた。傘も持たず濡れたままであった。そこへ一台の白い車が通りかかった。若い男が一人で運転していた。男はその女性を見ると車を止めてこう言った。
「お嬢さん、そのままでは風邪をひきますよ。どうです、家まで送ってあげますよ」
「・・・・・ええ。それではお願いします」
 女は後部座席に座った。ルームミラーで女の姿を見ると、なかなかいい女であった。これをこの女とつき合うためのきっかけにしようと思った。
「お嬢さん、どこまで行きましょうか?」
「ええ、この先まで・・・・・」
「所で、お嬢さんのお名前は何と言いますか。・・・・いや、無理には聞きませんけれど・・・・」
「私の名前を聞きたいのですか・・・・?」
そう言った後、沈黙してしまった。男はやや不気味な女性だと思ったが、せっかく乗せたのだから家までは送り届けようと思った。しかし、なかなか橋を抜けることができなかった。十分、二十分、三十分経ってもまだ橋を走っていた。
「どうしたんだ。橋を抜けられないぞ・・・・・・?」
「・・・・貴方はここで人をひいたでしょう?」
「えっ、何のことですか?」
 そう言ってルームミラーで女の顔を見ると、ドクロであった。長い髪の毛が風も無いのになびいていた。
「ぎゃー」
 男は叫び、車を止めた。後ろを振り向くと女はいなかった。女の座った席は濡れていた。男は女がいないことを確かめるとすぐ発進した。その後、橋はすぐに抜けることができた・・・・・。
 このような体験をした男が何人かいた。それもみんな白い車の持ち主であった。それで雨の降る夜には、白い車の持ち主たちはここを通らないようになった。
 その女をひき殺した犯人の男もその噂を聞き、あの橋は絶対渡らないようにしようと思った。
 だが、警察の必死の調査の結果、その男が容疑者として浮かんだ。男は毎日、警察の手が伸びるのではないかと、ひやひやしながら生活していた。ある夕方、男は警察が自分のマンションを見張っていることに気づいた。
(もはやこれまでだな)
 そう思った男は、警察の見張りの目を逃れてマンションから自分の車で逃走した。警察もそれに気づき、男を追いかけたが、取り逃がしてしまった。
 男は国道を猛スピードで逃走した。だんだんと雨が降ってきた。辺りはすでに暗かった。警察はもう追いかけてこないようだった。だが、何処へ逃げようか考えている内に橋を渡りはじめた。
(おや、この橋は・・・・・・あの橋ではないか)
そう思った時、ルームミラーに誰かの影が映っていた。・・・女である。男はどきりとした。
「お前は誰だ?」
「・・・・・・お前だね。私を殺したのは・・・」
 髪の長いドクロの女がそう言った。
「ひぃー、助けてくれー」
 そう叫ぶと男は車を止めた。丁度橋の真ん中であった。前も後ろも霧がかかっていた。一台も他に車は通らなかった。男は急いで車を降りて橋の上を逃げた。すると車が追いかけてきた。走る速さに合わせて車は男の後をついてきた。男はだいぶ走ったが、橋を抜けることができなかった。そして疲れてついに立ち止まった。すると車も止まった。そして逆走して、霧の中に消えて行った。男は橋の真ん中で独り残された。男は叫んだが、誰も応えなかった。車も通ることはなく、物音一つしない静かな世界となった。
 男は再び歩きはじめた。しかし、何時間歩いても同じ景色が続くばかりであった。男は恐怖におののいた。そして男は決断した。 
橋の欄干から下を覗くと川が流れていた。遠くには川が大きく蛇行しているのが見えた。男は川の岸まで泳ごうと考え、欄干から川へ飛び込んだ。泳ぎには自信はあったが、流れが速くてどんどんと流されて行った。どれくらい流されたであろうか、男の手に杭が引っかかった。一瞬助かったと思って引き寄せた。するとそれは女の腕であった。
「あっ!」
 ドクロの女はニヤリと笑った。男は女の腕を振り払おうとしたが、手に付いて離れなかった。男はそのまま流されて行った。
 翌日、男は下流で死んだまま発見された。手には棒きれを持っていた。車はあの橋の真ん中に乗り捨てられてあった。警察は、逃げられないと観念して、川に飛び込んで自殺したのだろうと判断した。

                                             おわり

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