ダムの底の学校
                   
 良夫と啓介は、中学以来の釣り仲間である。二人はおもに海釣りに行っていたが、たまには山へも行こうということになり、ダムでせき止められた湖に釣りに行くことになった。しかし、ただの釣りではおもしろくないので、ゴムボートを持って夜釣りをしようということになった。
 良夫の車で二人は出かけ、町から二時間ほどでダムについた。とても大きなダムであった。夕暮れであったので、ダムに釣りに来ていた人たちが帰ろうとしていた。二人はゴムボートを膨らまし、ダムの湖の真ん中辺りで釣りを始めた。すでに辺りは真っ暗になっていた。
「良夫、今日は満月だね。水の上にもそれが映っているよ。見てごらん」
「ああ、綺麗な月だね」
「どっちを見ているんだ。こっち側だよ」
 そう言って、啓介は湖の東側を指さした。
「えっ?こっちの西側にも満月が映っているよ」
「えっ!そんな馬鹿な」
 そう言って二人は西と東の湖面に映っている満月を眺めた。
「不思議だな。満月が二つあるとは!」
 と啓介は首をひねりながら言った。
「おや、よく見ろ。啓介。西側の満月は、湖の底に光が輝いているようだぞ」
「本当だ。この下には何があるのだろう?」
 二人は、じっとその光をしばらく眺めていた。
「・・・・・おい、啓介。この下に何があるのか調べてみないか?」
「そうだな。探検隊を結成するか。はははは・・・・・・・」
 最初は冗談で話し合っていたが、だんだんと少年の頃の冒険心がわき上がってきた。
「おい、啓介。明日、アクアラングを持ってきて、この下に潜ってみよう」
 二人は海釣りが得意であったが、アクアラングを付けて海に潜ったりすることもあった。
 次の日の夜、二人は湖に潜る用意をして、ゴムボートに乗り、湖の真ん中に来た。やはり昨日のように光が湖の底から差していた。懐中電灯を持ち、背中に酸素ボンベを担ぎ、二人はザブンと水中に潜った。
 湖の底は深かった。懐中電灯を底の方に向けると、湖の底に沈んだ村の跡が見えた。神社の鳥居や階段、道路、電線、農家の家々、田んぼや畑の跡、学校の建物などが見えた。学校のグラウンドにはシーソーやジャングルジム、ぶらんこなどがあった。小さな魚がジャングルジムで遊んでいた。ぶらんこは水中でゆらゆら揺れていた。
あやしい光は、学校の二階建ての建物の一階の窓からもれていた。二人は光の方へ泳いで行った。光のもれている窓から中を覗いた。教室のようであった。二人はその窓から入り、部屋の中を調べた。啓介は、良夫の肩をたたき、指で後ろを見るよう合図した。そこには人間の顔がゆらめいていた。良夫はとても驚いたが、よく見るとそれは黒板に描かれた子供たちの顔であった。先生と思われる顔もあった。水のゆらめきで、みんな泣いているようにも見えた。そして黒板の下の方には、「大垣分校さようなら」と書かれてあった。
 さて、光はその教室の後ろの開かれたドアからもれていた。二人はそちらの方に泳いで行った。そのドアの向こうにはもう一つの部屋があった。中に入ると入り口に誰かが立っていた。二人はとても驚いたが、懐中電灯を当ててよく見ると人体模型であった。ここは理科室のようであった。
 テーブルの上で何かが光っていた。よく見ると電球であった。理科の実験でもしていたのであろうか。電球には電気のコードがつながっており、途中にスイッチがあった。
 良夫は啓介に合図して、スイッチを切った。すると電球は消えてしまった。良夫は啓介に戻る合図をして、今来た入口から戻り、教室を通って外へ出た。酸素が少なくなって来たので、急ぐことにした。
 上に向かって泳ぐと不思議なことに、また学校から光がもれてきた。そして次の瞬間、チャイムらしき音が二人の耳に響いてきた。すると、学校の玄関から十五六人の子供たちが出てきて、グラウンドで遊び出した。ぶらんこに乗る子、シーソーをする子、グラウンドを泳ぎ回る子など楽しそうであった。しばらく二人は眺めていたが、その中のある子が二人に気づいたようで、みんなに知らせた。すると子どもたちは一斉に二人に向かって泳ぎ始めた。二人は、慌てて水面に向かって懸命に泳いだ。何とかゴムーボートまで泳ぐことができた。二人はボートにすぐに上がると、ボートを岸までオールで懸命にこいだ。岸に着くとほっとして二人は岸辺の草原に寝転んだ。ふと、啓介が湖の方を見て叫んだ。
「おい、良夫。見ろ!」
 啓介は、湖の真ん中辺りを指さした。
 良夫がそちらの方を見ると、何人かの子どもたちが顔だけ水面に出して、二人に手を振っていた。満月の光の中で、楽しげに笑っている様であった。二人はゴムボートをそのままにして、急いで車に乗ってダムを後にした。
 今でもダムの底では、あの光がちらちら輝いていると言われている。

                                               おわり

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