どぶろく

 K先生は大学を卒業し、先生になったばかりの新米教師である。全校で三十人ほどしかいないの山の学校の教師として赴任し、最初の冬がやってきた。その地域は豪雪地帯として知られており、グラウンドにはすでにニメートルほどの雪が積もっていた。
 体育の時間はスキー授業を行うことになっていたが、K先生はスキーが苦手であったので、グラウンドでみんなと鬼ごっこなどをして遊んだりした。
「よし、みんなで大きなかまくらを作ろう」
 とK先生はみんなに提案し、六人のクラスの子供たちと一緒に大きなかまくらをグラウンドの真ん中に作った。
 他の先生達も見ていたが、注意することもなく、のんびりとしたものであった。かまくらは子供が六人ほど入れるほどの大きさであった。中にビニールの敷物を敷き、寝転んだりゲームをしたりした。
 さて、その日は満月の夜であった。K先生は九時過ぎまで一人で教務室に残り、仕事をしていた。K先生がいつも一番遅く帰ることになっており、学校の鍵を閉めるのはK先生の役目である。鍵を閉めて学校を出ようとするとグラウンドのかまくらの入り口からろうそくらしき光が洩れていた。
(おや、誰だろう。こんな夜遅くまでグラウンドで遊んでいる者は?)
 K先生は調べようとして、かまくらに行った。中を覗いてみると誰もいなかった。だが、大きなろうそくが一本ついていた。また火鉢があり、その中の炭は燃えていた。それから一升瓶といくつかの湯飲みが置かれてあった。
(ははん、村の青年たちがここで酒を飲むのだろう)
 そう、K先生は推測した。村の青年たちとは学校の体育館でバレーや卓球などをしたりして、知り合いの仲である。K先生はみんなが来るのを酒を飲みながら待つことにした。酒は村人が造っているどぶろくであった。どぶろく造りは禁止されているが、多くの家庭で造っている。村の巡査も見て見ぬ振りをしている。年によってどぶろくの味は異なり、今年のどぶろくはとても出来が良いと言われているが、このどぶろくはその中でも抜群に美味しく、一杯が二杯、三杯となり、一升瓶のどぶろくも半分ほど無くなってしまった。K先生は心地よい気分となり、つい、うとうとと眠ってしまった。
 どれくらいの時間が経ったであろうか。K先生の体を揺する者がいた。眠い目をこすって見ると、頭から蓑を被った人物が立っていた。顔は暗くてよく見えなかったが、背が低く子供らしかった。K先生は起きて外に出て見ると六人の蓑を被った子供たちが立っていた。靴も藁でできた長靴である。K先生はまだ酔っていたが、多分正気である。六人の子供たちはK先生の手をつなぐと輪を作り、踊り出した。K先生も楽しくなって踊り出した。満月が六人の子供とK先生を照らしていた。六人の子供たちは楽しげな唄をうたっていた。

♪今夜は楽しい満月だ。
 かぐや姫さえ踊りだす。
 今年のどぶろく、美味しいぞ。
 満月様も飲んでみな。
 飲めばみんな友達だ。
 ヤレヤレヤレヤレ
 どぶろく祭り。
 ヤレヤレヤレヤレ
 一気に飲むぞ。

 しばらくすると六人の子供たちはグラウンドを踊りながら出て行った。K先生も一升瓶を脇に抱えて後をついて行き、近くの小高い丘に登った。朝日が東の空を照らし始めた。すると六人の子供たちはどこかへすっと消えていった。K先生は探してみたが、どこにもいなかった。それでK先生は一人住まいの家に帰ることにした。家に帰ってすぐに布団潜り込んで眠った。
 次の日、クラスの子供たちに起こされた。
「先生、どうしてかまくらに寝てるの?」
「えっ!かまくらだって?」
 辺りを見るとたしかにかまくらの中である。どうしてかまくらにいるのか分からなかった。しかし一升瓶が傍らに置いてあった。
「先生は、ここで一晩、酒を飲んで過ごしたんか?」
「ううん、よく覚えてないな」
 だが、結局そういうことになり、校長先生に厳しく注意された。それ以後、子供たちにも村人にも「どぶろく先生」とあだ名された。だが、よく凍死しなかったものだと不思議がられた。
 あの六人の子供たちは一体誰であったのだろう。クラスの子供たちだったのだろうか。それともお宮のおキツネ様に騙されたのだろうか。K先生はそれも知りたかったが、それ以上にあのどぶろくをもう一度飲んでみたかった。
 K先生は村のことをよく知っているPTA会長さんにどぶろくのことを相談した。
「今年のどぶろくはとても美味しい出来だそうですが、何とか手に入れることはできないものでしょうか」
「そんなに欲しいのですか。どぶろく、いやK先生」
「はい、どぶろくの味に魅せられてしまいました」
「そうですか。・・・・・・ではこうしましょう。1月の15日にある会合があります。詳しくは教えられませんが、その日に自宅にいて下さい。いいですね。学校の職員の方々には絶対に内緒ですよ」
「・・・・・・はい、分かりました。では宜しくお願いします」
 K先生はその日をとても楽しみに待っていた。
 その日の十時頃、PTA会長さんが車でやって来た。
「では行きましょう。・・・・・・その前に目隠しさせていただきますよ」
 そう言うとPTA会長はK先生の頭にずきんを被せ、車に乗せて出発した。10分ほどすると車から下ろされた。そしてしばらく坂道を歩いた。
「さあ、ずきんを取っていいですよ」
 そこは山の中であり、昔の闘牛場の跡地であった。この場所は以前来たことがあり、秘密の場所といえるほどのものではなかった。よく知っている村人も何人かいたが、町の人らしい方たちもけっこうたくさんいた。
「さあ、どぶろくの品評会にようこそ」
「えっ、品評会ですか?」
「ええ、今年出来たどぶろくを味わうことができますよ。また好きなどぶろくを買うこともできますよ」
 自分の家で造ったどぶろくを持ってきており、それぞれの場所には長テーブルが置かれてあり、一升瓶に入ったどぶろくが並べられてあった。PTA会長さんもどぶろくを出品していた。
「町の人たちもいるようですが・・・・・・」
「ええ、東京から来ている方もいますよ。やはりお客さんがいませんと商売になりませんからね。さあ、先生もそれぞれ飲み比べて自分の気に入ったどぶろくを手に入れて下さいな」
 K先生は一軒ずつコップに入ったどぶろくを飲んでいった。それだけで酔っぱらってしまった。どれも個性的な味わいがあり、五本ほど買った。しかし、あのかまくらで飲んだどぶろくほどではなかった。
「気に入ったどぶろくを手に入れることができましたか?」
 とPTA会長がK先生に尋ねた。
「ええ、五本も買ってしまいましたよ。でもあのかまくらで飲んだどぶろくはありませんでした。他にどぶろくはないのでしょうか?」
 PTA会長さんはしばらく黙ったままであったが、
「・・・・・・ないこともありませんがね」
「えっ、それはどこにあるのですか?」
「いや、私も飲んだことはないのですが、村外れにお寺があるでしょう。そこには和尚さんが一人で住んでいますが、その和尚さんも造っているという噂がありますよ。そのどぶろくは抜群に美味しいのだそうです。しかし和尚さんが密造酒を造っているというのはあまり聞こえがよしくないので、秘密にしているとのことだそうです。でも自分の分だけしか造っていないそうですよ」
「そうですか。でも飲んでみたいものです」
「いやいや、それは諦めた方がいいでしょう」
 K先生は買ってきたどぶろくを毎日飲んでいた。だが、あのどぶろくの味は忘れることができなかった。和尚さんのどぶろくが本当にそのどぶろくであるのか確かめたくなり、ついにお寺を訪れることにした。
 お寺は雪で埋もれており、侘びしい佇まいであった。和尚さんは一人で碁を打っていた。K先生は和尚さんにかまくらでの出来事を全てお話しした。
「和尚さん、実は今日ここへ来た目的は、どぶろくを調べることです。和尚さんがどぶろくを造っているということはPTA会長さんから聞いて知っています。もしかしたら和尚さんのどぶろくがそれだったのではないかと考えています」
「うーん、それは何ともいえんな。わしは人にあげたことはないんでな」
「では盗まれたということはないのですか?」
「それはないと思うが・・・・・・」
「ではお願いします。そのどぶろくを飲ませて下さい」
「いや、人にあげるほどはないんでな」
「では買わせて下さい」
「人に売るほどのものではないよ。・・・・・・しかしそうじゃな。わしに碁で勝ったら飲ませてやってもよいぞ」
「分かりました。では一局、お願いします」
 K先生は大学時代、囲碁クラブに所属していた。それなりに自信はあった。しかし、欲が邪魔して詰めを誤り、負けてしまった。
「残念ながら負けてしまていました」
「いやいや、お主はなかなか強いのう。・・・・・・村人では弱すぎて、わしの対戦相手にはならぬ。お主が時々碁の相手をしてくれるというのなら、飲ませてもよかろう」
「えっ、本当ですか。私も碁は大好きですので、今後時々よらせてもらいます」
 和尚さんは奥からどぶろくの入った瓶を持ってきた。そして湯飲みについでくれた。それを飲むとやはりあの時のどぶろくであった。
「まさしくこれですよ。和尚さん。このどぶろくがあの時飲んだどぶろくです。間違いありません」
「ではこのどぶろくは盗まれたということじゃな。調べてみようかいのう」
 そう言うと和尚さんはK先生を連れて、離れの納屋に行った。納屋の鍵を開けるとどぶろくの芳醇な香りが漂ってきた。
 その中には三つの大きな瓶があった。和尚はその瓶を一つずつ開き、詳しく調べた。
「おや、変じゃな。この瓶は開けたことがないのに中身が減っておるわい」
「やはり盗まれたのでしょうか?」
「たしか六人の子供たちがそのかまくらにいたといっておったな。どんな子供たちだったかいのう?」
 K先生はその子供たちの特徴を詳しく説明した。和尚さんはそれを訊いてあることを思い出したようだった。黙ったまま納屋を出ると寺の玄関の方に向かった。和尚さんは玄関を出ると寺の前の雪を掘るようK先生に命じた。しばらく掘ると六体のお地蔵さんの体が出てきた。とても寒そうなお姿であった。大きさはあの子供たちと同じ位の背丈である。
「盗む者といえば、この地蔵位のものかいのう。わしはほとんどほったらかしにしているので、寒かったのじゃろう。どぶろくでも飲まないとこの寒さをしのげなかったのじゃろうて」
「お地蔵さんですか。・・・・・・私はこのお地蔵さん達と一緒に踊ったということなんでしょうか」
「まあ、そういうことにしょうかいのう」
 そう言って和尚さんは大笑いした。
 K先生は和尚さんが好きになり、時々碁を打ちに来ている。美味しいどぶろくを飲みながら・・・・・・。


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