不思議な村

 山崎隆夫が教師になって二年目の夏のことである。七月のある日、一通の手紙がアパートに住む山崎に届いた。それは大学時代の友人の栗山浩二からだった。それには夏休みになったらこちらに遊びに来いという内容が書かれてあった。浩二は隆夫と同じように教師となっていたが、隆夫と違って山奥にある山田村の大山田小学校に赴任していた。その山田村という所は豪雪地帯として知られており、冬場には交通手段が遮断されてしまうという大変な田舎であった。葉書に電話番号が書かれてあったので、夜に浩二に電話した。
「浩二か。ひさしぶりだな」
「おう、ひさしぶり」
「葉書受け取ったぞ。夏休みになったら本当に遊びに行くからな」
「そうか。待っているからな。それから何で来るんだ?」
「ああ、バイクからあるからそれで行くよ」
「ああ、分かった。バイクならまあいいか。ここは大変な山奥だから気をつけて来てくれよ。道に沿って川が流れているから落ちないでくれよな」
「はははははは・・・・・・大丈夫だって。そんなドジじゃないよ」
「それじゃな。楽しみに待っているぞ」
 夏休みになって、早速、隆夫は山田村に行くことにした。リュックに荷物とおみやげを入れ、二百五十CCバイクに乗って出かけた。快晴のドライブ日和であった。
 国道から県道に下りて、村へと続く道までやってきた。標識に山田村まで約二十キロと書かれてあった。その道を進むといつの間にか砂利道となっていた。また道に沿って川が流れていたが、道から五メートルほど下を流れていた。ガードレールも無く、落ちたら危ないなと思った。
 全く人影もなく、やって来る車さえ一台も無かった。行けども行けども山また山であった。蝉の鳴き声が響き渡るばかりであった。本当に村があるのか不安になって来た。道を間違えたのではないかと思ったりした。引き返そうと思いかけていた時、小さな橋が見えてきた。何となくほっとした。
 またしばらく行くと人家もポツンポツンと見えてきた。村の真ん中辺りに行くと学校らしい建物があった。校門の所に行くと、浩二が立っていた。
「おう、浩二。ひさしぶり!」
「おう、本当に久しぶりだな。元気でやっていたか」
「まあな。それなりにやっていたよ」
「そうか。さあ、俺の住処へ来いよ」
 浩二は隆夫を学校の敷地内にある建物へ案内した。
「ここに住んでいるのか?」
「ああ、学校の用務員室を借りているのさ。ここなら遅刻することもないし、寝坊しても子供たちが起こしに来てくれるからな。学校の見回りをするということで、借り賃もただになっているのさ。金を使うということがないので、三年もいればそれなりに金は貯まるよ」
「ははははは・・・・・・。それは結構なことだ」
 二人は酒を飲み交わし、懐かしい話で盛り上がった。そして夕食を食べることになり、浩二はどこかへ電話した。するとおばさんが、食事を運んで来てくれた。ここには食堂兼お店屋さんもあるらしく、出前の注文もできるとのことであった。話も弾み深夜となった。
「おい、ここには泥棒はいないげど、学校の見回りもしないといけないんだ。ついでに学校の中を案内しよう」
 そう言うと浩二は懐中電灯を持って、隆夫を連れて学校の中を見回った。
「ここは町と違って不思議なこともあるけど、心配しないでくれ」
 と浩二は言った。町も田舎もそういうことは関係ないのではないかと隆夫は思ったが、じきにその意味が分かった。
 二階の校舎から外を覗くと、火の玉らしいものが四つ五つと飛んでいた。
「学校の隣は墓地で、空気の乾燥した夜にはよく火の玉が飛んでいるんだよ」
 と平然と浩二は言った。そして浩二はポケットから煙草を取り出すと、火の玉がふわりふわりとやって来て、煙草に火を付けてくれた。
「ありがとう」
 と浩二は火の玉にお礼を言った。
「お前も火を分けてもらったらどうだい。話の種にはなるよ」
 と言って浩二は笑った。
 最初、隆夫は怖いと感じたが、浩二の態度を見ていると呆れてしまい、怖さがふっとんでしまった。そして、隆夫も火の玉から煙草に火を付けてもらった。何とも言えず不思議な感じがした。これは町の人に言っても信じてもらえないなとも思った。
 二階の窓から二人で煙草を吸いながら、村の夜の景色を眺めた。山の斜面に人家の灯りがきらきらと輝き、とても美しい景色だと思った。火の玉を除いては・・・・・・。
 その夜は、明け方まで飲み明かした。そして次の日は昼頃まで二人は寝ていた。起きてから簡単な食事をした後、隆夫は帰ることになった。おみやげにぜんまいやわらびなどの山菜を浩二からたくさんもらった。
「それじゃあ帰るよ。遅くなっても困るからな」
「そうか、それじゃあな。今度は俺が遊びに行くことにするよ」
「ああ、待っているよ」
「それから帰りは気を付けてくれよ。昨日の出来事でも分かるようにここはいろんなことがあるから、決して町に着くまでバイクを決して止めてはいけないよ。人を化かす狐や狸もいるから。いいね」
「ああ、分かったよ。真っ直ぐ帰ることにするよ」
 隆夫は名残惜しかったが、空も曇りはじめたので急いで帰ることにした。バイクをしばらく走らすと、厚い雲が空を覆いはじめ、ついにはポツンポツンと雨が降り始めた。
(こりゃ大変だ)
 小雨となってしまった。しばらく行くとピンクのワンピースを着た髪の長い若い女性が泣きながら道の傍らに立っているのを見つけた。隆夫は浩二の言ったことを既に忘れていた。バイクを止めてその若い女性に訊ねた。
「お嬢さん、どうしたんですか?」
「ええ、私の車が川の中に落ちてしまったんです」
 と女性は泣きながら言った。川の中を見ると軽自動車が川の中に落ちていた。
「車の中には他に誰かいますか?」
「いいえ、いませんわ。私一人で運転していました。雨でタイヤがスリップしてしまい、川の中に落ちてしまいましたの」
「これはレッカー車がなければ車を引き上げられないな。まず貴女を町まで連れて行きましょう。それからレッカー車を呼ぶことにしましょう。ではお嬢さん。バイクの後ろにお乗りなさい」
 隆夫はその女性を後ろに乗せるとバイクを走らせた。
「所でお嬢さんはどちらから来られたのですか?」
「ええ、町の方からですわ」
 それを聞いて不思議な気がした。川に落ちていた車は山田村から町の方に走っていたのではないかと考えていた。車のスリップの後もそうだし、川に落ちていた車の方向もそれを示していた。
「お嬢さんは、山田村から来られたのではないですか?」
「くっくっくっ、そんなことは有りませんわ」
 おかしな笑い方をする女性だと思い、サイドミラーで女性の顔を眺めた。すると女の顔はドクロであった。ドクロが不気味に笑っていた。
「ぎゃー」
 と叫ぶと隆夫はバイクを転倒させた。女もバイクから転げ落ちた。隆夫は必死になってバイクを立て直すとすぐに乗り、バイク走らせた。ドクロの女は隆夫をしばらく追いかけてきたが、必死になって隆夫は逃げた。すると狐が山道に二本足で立っているのがサイドミラーに見えた。隆夫は浩二の言ったことをその時になってはじめて思い出した。
 小雨はまだ止まなかった。しばらくバイクを走らせると、今度は道路工事の標識が見えてきた。工事現場の人らしき人物が旗を持ってバイクを止めようとした。だがまだここは山の中である。こんな場所に道路工事がある筈はないと確信した。それで工事現場の人の制止を振り切り、バイクを突進させ、工事の標識を壊して前に進んだ。すると道路工事は何もなく、砂利道が続いているだけであった。
(もう少しで騙されるところだった。危ない。危ない)
 またしばらく行くと人家が見えてきた。やっと町に着けそうに思えた。まだ小雨は降り止まなかったので、少し休もうと思った。バス停が見えて来たので、そこでバイクを止めた。
 バス停の脇に屋根の付いている休憩所があった。そこにはお婆さんが一人でバスを待っていた。隆夫はお婆さんの脇の椅子に座った。
「お婆さんは何処へ行くのですか?」
「ええ、山田村ですのじゃ」
「僕は山田村から来たのですが、あそこはなかなか不思議な村ですね。いろんな出来事がたくさんありましたよ」
「ほう、どんなことがありましたかのう?」
「たとえば火の玉が飛んでいたり、お化けの女が出たり、なかなか怖い目に逢いましたよ」
「ほう、それは大変だったのう。所でこんな婆に出逢なかったかいのう」
 そう言うとそのお婆さんは顔を隆夫に見せた。のっぺらぼうであった。
「ぎぇー。まだ続いているのか!」
 そう叫ぶと隆夫はバイクに乗り、その場を逃げた。だが隆夫はふと気が付いた。道に沿って流れている川の方向が今までとは逆なのである。つまり山田村の方に走っているのである。隆夫はどうしようか迷ったが、このまま走らせても仕方無いので一端バイクを止めた。すると浩二が霧雨の中から現れた。
「途中でバイク止めてはいけないと言ったろ」
「お前は浩二ではないな」
「いいや、本物の浩二だよ。ここはまだ山田村の中だよ。お前は村の中をぐるぐる回っていたのさ。バイクを止めたからこうなったんだよ」
「ではお前が浩二であるとしよう。ここから帰るにはどうしたらいいんだ?」
「バイクを止めずに真っ直ぐ町に走るんだよ。いいね。僕も最初はよく騙されたものさ。しかし、そんなに悪い連中じゃないから心配しなさんな。命を取ろうという連中じゃないから」
「そうか。それなら今度こそ町に帰るよ。浩二、さようなら」
 そう言って隆夫はバイクを走らせた。サイドミラーには手を振る浩二の姿が小さく見えていた。走るに連れ、雨もだんだんと止んできた。町に着くころにはすでに夜となっていた。空には星が輝いていた。家に戻ると早速、浩二に電話した。
「もしもし、お前は本物の浩二か?」
「ああ、本物の浩二だよ」
「最後に逢ったのはやはり浩二だったんだね」
「ああ、そうだよ。それからみんなが宜しくと言っていたよ」
「えっ、みんなって?」
「みんなだよ」
 そう言うと電話の背後で笑い声が聞こえてきた・・・・・・。

                                            おわり

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