銀山
土曜の夕方、山師の芳蔵は山から下りて、一週間分の食料の買い出しをした。そしていつもの飲み屋にやって来て、銀がもうすぐ出そうだと飲み友達に吹聴していた。
「銀らしいものが出たんだよ」
「本当かい。どうせまたいつものホラだろ」
「そんなことはないぞ。今度見せてやるからな」
などと言ってはいたが、まだ一度も銀を見せたことはなかった。たがいつも飲み友達と酒を楽しく飲んでいた。いつまでも夢を追い求めている芳蔵は、みんなにも好かれていた。そして十時前には必ず山へ一人で帰って行った。
鉱山のすぐ側に山小屋があり、もう既に十年余り一人で生活していた。芳蔵は五十歳近くであったが、妻も子もおらず、ずっと一人で銀鉱脈を探していた。
ある土曜の夕方、いつも来る芳蔵が来なかった。
「おい、どうして今夜は芳蔵は来ないんだ」
飲み友達の一人が言った。
「ええ、どうしたんでしょうね。いつも必ず来てくれたんですがね」
と女将さんが言った。
「そう言えば、買い出しにも来なかったそうだ。いつもの店屋の主人が言っていたぞ」
「こりゃ、何かあったんじゃないか」
「明日あたりみんなで山へ行ってみるか」
と言うことで、女将さんと三人の飲み友達は鉱山へ行くことになった。
翌朝、四人は飲み屋に集まり、車で行くことになった。山まではそれほどの距離はなかったが、麓から登るのが大変であった。一時間ばかりして鉱山の入り口に着いた。近くに山小屋があった。小屋の中にはおらず、四人は周辺を探したが、芳蔵はいなかった。
「やはり、鉱山の中で事故にでもあったんじゃなかろうか」
「中を覗いてみよう」
と言うことで、鉱山の入り口から呼びかけた。
「おおい、芳蔵。いるかー」
すると小さな声で芳蔵さんの声が微かに聞こえてきた。
「銀が出たぞー」
「おお、声が聞こえるぞ。中にやはりいるようだ」
「早く出てこいー」
と何度も仲間たちは呼んだが、
「銀が出たぞー」
と声が微かに返ってくるばかりであった。
「中で動けなくなっているんじゃないか」
「よし、助けに行こう」
それで小屋から長いロープを持ってきて、入り口の杭にその先を縛り、女将さんに入り口で待ってもらい、三人はロープを伸ばしながら中へ入っていった。懐中電灯を照らしながらしばらく行くと大きな洞窟のような場所に出た。
その洞窟の奥に人がやっと通れるほどの三つ穴が開いていた。
「さて、どうしますか?」
「三人いるから別々にその洞穴に入ってみますか。危なければここに戻ることにしましょう」「ではそうしましょう」
三人は別々の洞穴の中に懐中電灯を照らしながら入って行った。二つの洞穴は途中で行き止まりだったので、二人は洞窟に戻って来た。しかし、一人だけはなかなか戻らなかった。その男は、洞穴の先にきらきら光る一つの鉱脈を見つけたのである。
(これは銀鉱脈に違いない。これで大儲けできるかも知れない)
そう思った。しかし芳蔵はいなかった。その男の名前は、邦男と言った。邦男は戻ると何もなかったと二人の男たちに伝えた。芳蔵は結局どこにもいなかった。そして芳蔵の声も聞こえなくなった。三人は入り口に戻り、女将さんと一緒に戻ることになった。町に着くとその事を警察に届け出た。警察もその後、探してみたが、結局見つからなかった。既に死んだということになり、事故で片づけられた。
しばらくして邦男は、自分が見つけたものが本当に銀鉱脈であるかどうか確かめたくなった。そして掘る道具を持って土曜の夕方、一人で鉱山に向かった。
邦男は、ロープを体に縛り、中に入って行った。そしてあの洞窟から洞穴に入り、鉱脈のある所まで行った。やはりきらきらと輝いていた。ハンマーで鉱石を取り出した。それを持ってきた袋に入れて、入り口まで戻った。戻ると既に夜となっていた。満月が出ていたので、周囲は明るかった。満月の光の下で鉱石をまじまじと眺めた。これはやはり銀鉱石に違いないと確信した。
「はははは・・・・・・・・・・・・」
自然と笑いが出てきた。だが洞穴から邦男の姿を見ている眼があった。
「銀が出たぞー」
突然その声が聞こえてきた。
「誰だ?」
「銀が出たぞー」
その声は鉱山の洞穴から響いて来た。邦男は洞穴の中を覗いた。
「お前は芳蔵か?」
「・・・・・・俺は駄目だ。銀は全てお前にやる。俺の後を継いでしっかり掘ってくれ」
「ああ、分かったよ。銀は俺がしっかりと掘ってやるからな。成仏してくれ。芳蔵」
そう言って洞穴に向かって邦男は手を合わせた。
邦男は、その鉱石を持って鑑定所に行き、調べてもらった。やはり銀鉱石であった。邦男はさっそく本格的に掘り出すことにした。しかし銀鉱石があった場所には何もなかった。
「そんな馬鹿な・・・・・・。いいや、ある筈だ」
そう呟くと一生懸命、鉱山を掘り出した・・・・・・。
しばらくして土曜の夕方、山から下りてきて、食料の買い出しをする邦男の姿があった。そしていつもの飲み屋へ行って、
「もうすぐ銀が大量にでそうだ」
と飲み友達に言いふらしていた。
「ほら、これが銀鉱石だよ」
そう言ってあの銀鉱石を見せるのだった・・・・・・。
おわり
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