勘違い

 ある中学校での出来事である。学級の行事として、二年生のあるクラスが一学期の終業式の夜にお化け大会をすることになった。もちろん担任の、三十歳になったばかりの男の山田先生も責任者として参加した。担任教師が参加するということで保護者の了解もとれた。
 クラスの子にお坊さんの子がいたので、そのお寺を借りることになり、お寺の入り口から墓地を通り、寺の裏口に出るコースを設定した。担当の生徒たちは一つ目小僧や小岩さん、のっぺら坊などのお化けの衣装を作ったり、こんにゃくを釣り竿でつり下げたりなどの驚かす道具をいろいろと工夫して作ったりした。二人ずつ男女がペアになって行くことになった。
 さて山田先生はあることを考えていた。みんなに内緒で自分もお化けとなって生徒たちを驚かしてやろうとした。山田先生は口裂け女のメイクをし、服装も妹から借りてリアルに変装して墓場で待っていた。次々と生徒たちがやってきたが、先生の姿を見ると生徒たちはひどく驚き、叫びながら逃げて行ったり、泣いて男子生徒にしがみつく女子生徒もいたりした。

こんなに驚いてくれるとは思わなかったぞ)

山田先生は自分の演技に自己満足した。最後の二人をたっぷりと驚かせてから先生は寺の裏口に向かった。そこにはクラスの生徒たちがおり、お化けを担当した生徒たちもすでに集まっていた。山田先生は最後の一驚かししようと思い、生徒たちに向かい叫びながら走って行った。すると生徒たちは驚き、いちもくさんに逃げてしまった。その場には先生だけが残った。

(そんなに驚くこともないのに・・・・・・)

 山田先生はどうしてそんなに驚くのか少し不思議だった。暫くそこに立っていると、自分の後ろに誰かいるのに気がついた。振り向くとそこには小学校三四年生位の髪の長い女の子が立っていた。白いワンピースを着て、大きな白いマスクをしており、顔はよく分からなかった。
「君は誰だい?」
 女の子は黙ったままうつむいて立っていた。
「小学生がこんな夜遅くにこんな場所にいてはいけないよ。家はどこだい?」
 すると女の子は墓場の方を指差した。先生はお寺の子なのかと思い、墓場を通ってお寺に連れて行こうとした。すると途中まで行くと女の子は立ち止まった。
「おいおい、早く行こうよ」
「お父さん、・・・私と遊んでちょうだい」
と女の子は先生の腕を掴みながらか細い声で言った。
「おかしなことを言ってはいけないよ。僕は未だ独身だよ。もちろん子供もいないよ」
「お父さん、・・・私と遊んでちょうだい」
再びそう言うと女の子はゆっくりとマスクを外した。
「ぎゃー」
 山田先生はそう叫ぶと突っ走ってその場を逃げた。女の子の口は耳まで裂けており、黒目もなかった。山田先生は自分のアパートまで走って逃げた。帰るとドアにカギを掛け、布団を被りそのまま寝てしまった。布団の中に入ってもなかなか眠ることはできなかった。ふと先生は、あの女の子のお化けは生徒たちのいたずらではないかと思った。私のたくらみを知った生徒たちが反対に私を騙そうとしたのではないかと・・・。
 
 次の日、今回のお化け大会の実行委員である生徒を何人か学校に呼び、問いただすことにした。
「君たちは私を騙そうとしたのじゃないだろうね」
「先生、そんなことはありませんよ。・・・でもあの女の子のお化けは誰です。先生が口裂け女のお化けをやっていたのは最初から知っていましたけれど、先生の後ろにいたお化けは誰ですか?」
「えっ!?そんな者いたのかい?」
「ええ、いましたよ。空中にふらふらと浮き、口が裂けていた女の子ですよ。それをみんな怖がったのですよ」
「それ知らなかった。・・・しかし」
「でも、とってもよく似ていましたよ。先生が扮装した口裂け女と・・・」

 生徒たちを帰してから先生は、暫く教室であの女の子が誰であるかを考えていた。「お父さん」という言葉にひっかかりを感じていた。
 ふと窓の外を見ると、グラウンドの隅にあの女の子らしい人物が立ってこちらを見ていた。墓場にいた時と同じ服装であった。大きな白いマスクをしており、顔はよく分からなかった。教室は三階にあったが、急いで先生は階段を降りて、グラウンドに向かった。しかし女の子はすでにいなかった。探してみたが、それらしい人物はいなかった。
 その夜のことである。山田先生が外食を食べてアパートに帰ってくると、マスクをした例の女の子が玄関の所に立っていた。女の子は、山田先生の顔を見るとすうっと去って行った。山田先生はその後を急いで追いかけた。すると女の子はあのお寺に逃げ込んだ。日も落ち、すでに辺りは薄暗くなっていた。
 山田先生はあのお墓に向かった。すると女の子がその場に立っていた。しかしふっつと消えてしまった。その墓に秘密があるのではないかと思い、お墓を調べることにした。すると墓石には「河井家之墓」と彫られてあった。山田先生には、「河井」という名前に聞き覚えがあった。山田先生はその日はそれで帰ることにした。
 次の日、山田先生はお寺の住職に会いに行った。住職はクラスの子の保護者でもあり、お寺を借りてお化け大会をしたので、そのお礼も兼ねた。それで山田先生はあの河井家の墓のことについていろいろと訊ねた。すると河井家には十年前に玲子という娘さんが自殺したということを聞いた。またお腹には誰の子かわからない子を宿していたそうである。山田先生はその女性のことはよく知っていた。山田先生が学生の時に付き合っていた女性である。先生はとても愛していたが、一方的に別れを告げられた。何故別れたいのかを聞いても玲子は何も言わなかった。しかし山田先生には何となくその理由が分かっていた。それは玲子が自分の友人「K」に乗り換えたのだということを・・・。青春の苦い思い出の一つである。しかし玲子が妊娠していたということは全く知らなかった。山田先生は玲子の手しか握ってはいなかった。

(玲子を妊娠させたのは誰なのだろう?)


 やはりKであろう。Kは同じ大学のサークル仲間であり、なかなかのプレイボーイであった。いろんな女性と付き合っており、遊んでは捨てていた。玲子はそんな捨てられた女の一人であろうと想像した。

 (あの女の子の幽霊は勘違いをしている・・・)

 山田先生はその夜、あの墓場に向かった。例のマスクをした女の子がそこに立っていた。山田先生の顔を見るとマスクを外そうとした。
 それで、すぐさま女の子に言った。
「待ってくれ、君は勘違いをしているよ。君の父親は僕ではないよ。『K』という人物だよ」
 山田先生はKのことを詳しく教えた。すると女の子はマスクを外すのをやめた。そしてすうっと消えてしまった。山田先生は家に戻ると久しぶりにKに電話した。
 山田先生はKに玲子のことを問いただした。するとKはあっさりと認めた。玲子が子供を産むというので、一方的に別れたと告げた。Kは玲子が自殺したということも知っていたが、すでに罪悪感はない様子であった。
「Kよ。君と玲子のとの間にできた子が君と遊びたがっているよ」
「何を馬鹿なことを言っているだい。変な冗談はよせよ。山田」
「・・・なら後ろを見てごらんよ」
「えっ!?後ろだって・・・。おや、君は誰だい?・・・・・・うわ、うわー」
 受話器はそれで切れてしまった。山田先生は受話器を静かに置いた。  合掌


ひとつもどる