二つの満月
         
 ある秋のことである。一ノ谷小学校である事件が起こった。この小学校は三方を山で囲まれており、近くには賀茂川が流れていた。
 ある朝、理科の教材で育てていたへちまに何カ所も噛みつかれた跡が見つかった。噛み跡は小さく、子どものいたずらいであろうと言われた。
 その後、給食室の残飯が荒らされるという事件も起こった。真夜中の犯行であるらしく、子どものいたずらにしては少し度が過ぎていた。それが二日間続いた。盗まれたものは残飯だけであり、警察もあまり熱心には調べてくれなかった。野良犬かタヌキのしわざであろうということで決着してしまった。
 たが、一週間してまた給食室の残飯が荒らされた。
「明日も犯人はやって来る可能性があります。ですから今夜見張りましょう」
と校長先生は言い、見張りを志願してくれる先生を募集した。しかし多くの先生たちは恐がり、誰も申し出る者はなかった。
「私が見張りましょう」
 生徒指導の男の中野先生が申し出た。それを聞いて、
「私も志願します」
 と若い男の鈴木先生も申し出た。
二人は給食室のおばさんたちの休憩室にじっと隠れていた。すると、真夜中、ごそごそという物音が隣の給食室から聞こえてきた。
「・・・・来ましたね。準備はいいですか」
と中野先生が、若い鈴木先生に小さな声でつぶやいた。
 二人は金属バットと懐中電灯を持って、給食室のドアを開けた。するとその物音に気が付いた不審者は、窓を開けて廊下にすばやく逃げた。その姿は、子どものようにも見えた。
「こら、まてー!」
 と中野先生は叫んだが、不審者は廊下を突っ走っていった。廊下の突き当たりから窓を破り、中庭に降りた。だが中庭は四方を校舎で囲まれており、その中にはプールがあった。
「もう逃げられませんね。中野先生」
「ええ、でも油断してはいけませんよ」
 二人はその不審者を追いかけたが、その者はプールの柵をよじ上り、プールの脇からドボンとプールの中に飛び込んだ。二人はプールの周りを歩き、不審者が水から上がってくるのを待った。だか、十分たっても二十分たってもなかなか出てこなかった。
「どうしたんだろう。・・・・・溺れてしまったんだろうか」
 中野先生がそうつぶやいた。だんだんと二人は心配になってきた。
「溺れたかも知れませんね。・・・・・・おや、中野先生、満月が二つ、プールに映っていますよ」
「えっ!?ああ、不思議だな」
「あっ、そちらの方の満月が動き始めましたよ」
 二人はその不思議な満月の影を見ていたが、その影がプールの脇まで来ると、突然、水の中から不審者が現れた。それはカッパの顔をしていた。満月はカッパの皿であった。カッパは、二人の先生の顔を見ると『クァア』と奇妙な鳴き声を発し、プールの柵をよじ上り、プールの外へ出た。そして、校舎の窓ガラスを割り、校舎の中に入った。二人はしばらくあっけに取られていたが、気をとりなおしカッパを追いかけた。
 カッパは玄関の戸をこじ開け、外に出た。二人は一生懸命カッパを追いかけたが、カッパは賀茂川まで来ると立ち止まり、二人の方を見て、にっこり笑った。そして川の中へ飛び込んだ。
 二人はカッパが飛び込んだ川べりで立ちすくみ、川の中をしばらく眺めていた。遠くから奇妙な鳴き声が聞こえてきた。
 それ以来、カッパは学校に来ることはなかったが、奇妙な鳴き声は今でも夜になると聞こえるそうである。
                          
                                            おわり

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