カツ丼
土曜日の午後のことである。中学校の先生五人あまりが午後も仕事をするので、出前を近くの食堂から頼んだ。校長先生も好物のカツ丼を注文した。手の空いた教師から食事をしていったが、校長先生は仕事が忙しく、なかなか食事できないでいた。そして一時半頃、校長先生が教務室の後ろで昼食を食べようとしたら、カツ丼がないのである。
「先生方、ここにあったカツ丼知りませんか?」
と教務室にいる教師に訊いた。
「あれ、おかしいですね。このテーブルの上に置かれてあったのですが・・・・・・」
「たしかにありましたよ」
しかし、どこを探してもカツ丼はなかった。
「そういえば、一時頃、バスケット部の二年生が三人ばかり教務室にやってきましたよ」
「まさか、彼らが盗ったという訳ではないでしょうが・・・・・・」
「たしか12時頃、店屋文が運ばれてきましたよ。それから1時半頃までの出来事でしょう。教務室に出入りした生徒は彼らだけだと思いますよ」
「調べてみましょう」
そういうとバスケットクラブの顧問の教師は体育館に行った。十五人ばかりの生徒が練習していた。
「おい、お前たち、カツ丼知らないか?」
「何ですか?」
「教務室からカツ丼が盗まれたんだが、お前たち、たしか教務室に先ほど来たよな」
「ええ、行きましたよ。でもカツ丼なんて知らないよ。なあ」
「ああ、知らないよ」
と教務室に行った中学生は否定した。
「そうか知らないか」
というと顧問の教師は教務室に引き返した。
「みんな知らないとのことです」
と顧問の教師が言うと、
「では誰が盗ったと言うんです。こんなことをするのはあの連中しかいないな。それとも先生方が私の分まで食ったと言うんですか?」
いつもの冷静な校長とは異なり、やや感情的な言い方であった。
「たしかに生徒しかおりませんな。よく調べてみましょう。まずドンブリを探しましょう。店屋に返さないといけませんからね」
とベテランの生徒指導の教師が言った。
そして学校に残っていた四人の教師は学校中を探した。するとドンブリは玄関の隅に他のドンブリと一緒に置かれていた。きれいに一粒のご飯も残さず食われていた。生徒指導の教師は教務室に来た三人の二年生を生徒指導室に呼んだ。
「君たちに訊きたいことがある。今日、君たちは昼食に何を食べたの?」
「ええと、パンです。おにぎりです。弁当です」
「では一つ一つ本当にそれを食ったか調べます。弁当はお母さんが作ったんだね。パンは学校前のお店で買ったんだね。直接一つ一つ訊いて徹底的に調べるけどいいね。今、君たちが本当のことを言ったら許してあげるけれど、後で分かってもだめだよ。いいね。内申書のこともあるんだよ」
とベテランの生徒指導の先生は言った。
「えっ、家にも言うんですか・・・。困ったな・・・。おいどうする・・・・・・」
「・・・実は盗ったのは僕たちですが、食ったのは僕たちではありません。僕たちが食おうとしたら先輩の三年生が呼び止めて、『俺たちにも食わせろ』と言って僕たちのカツ丼を盗ったんです。僕たちは全く食っていません」
そしてカツ丼を食った三年生も生徒指導室に呼ばれた。三年生たちはあっさりと認めた。とてもおいしかったそうである。盗った二年生と食った三年生は校長室に呼ばれ、校長先生に謝った。今回のカツ丼代八百円は校長先生が払ってやることにしたそうである。とまあ、これでこの事件は解決したのだが・・・・・・。
二週間後の土曜日のことである。
また校長先生が注文したカツ丼が盗まれるという事件があった。しかし今回は教務室に生徒がその時間帯に訪れた形跡がなかった。また空のドンブリは理科準備室のテーブルの上に置かれていた。そして人体模型のくちびるにご飯粒が一つ付いていた。その部屋にはカギがかけられてあり、生徒がそう簡単に侵入できる場所ではなかった。いくら調べても犯人は分からなかった。それで理科室の人体模型が食ったんだろうという噂話か笑い話か分からないけれど、そんなことになってしまった。
だが校長先生は全く納得していなかった。今回もカツ丼代八百円を払うことになったのである。
ある日の午後、校長先生が放課後、理科室の人体模型にぶつぶつと何か話しかけていたそうである。
「・・・・・・とんだ濡れ衣を着せられて・・・・・・・」
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