狐の嫁入り
九谷村には古くから言い伝えられていることがある。一本の川がこの村の東側を流れているが、夏から秋にかけて村一面に濃い霧が立ちこめる日が何日かある。そんな夜に集落のある反対側の川向こうの山々に狐の嫁入りがあると言われていた。その山の中腹にいくつもの狐火がゆっくりと進むそうである。その狐火を見た者もいると噂されているが、実際に見た者に出会ったことはない。また見た者には不幸になるとも云われていた。
その川向こうに家はなく、古くからある神社が山の頂上に一つあるだけである。その神社の正式名称は岩野神社と言うが、昔からお狐様神社と呼ばれていた。そちらへ行くには一本の吊り橋しかなかった。村人は昼間、神社にお参りに行ったり、山菜採りに行くことはあったが、夜吊り橋を渡って山に行く者は誰もいなかった。
九谷村は過疎に悩んでいた。農業以外産業らしきものはなく、多くの若者は学校を卒業すると村を離れて行った。村の青年団もだんだんとその会員が少なくなり、どのようにしたら若者が村にいてもらえるか悩んでいた。いくつかのアイデアが出されたが、なかなかよいものは無かった。
そんなある日、いつもの青年団の会合があり、十人の青年が集まった。その中のある青年が一つのアイデアを出した。
「この村は昔から狐の嫁入りがあると言われているけど、それを観光の起爆剤にできないかなあ」
「それはおもしろそうだ。しかしそれはあまり明るい話題ではないな」
「それを明るくおもしろくするんだよ。またマスコミにも紹介してもらったらいいじゃないか」
「マスコミに紹介してもらうと言ったって、伝説だよ。仮に紹介してもらえるとしても、小さな記事だよ」
「それを大きくしてもらうんだよ」
「どうやって?」
「狐の嫁入りを俺たちでやるんだよ。そしてそれをビデオに映してマスコミに紹介してもらったらどうだろう」
「それは詐欺ではないのか」
「そんなことはないよ。狐の嫁入りは昔からあると言われているじゃないか。それを少し脚色して紹介するだけだよ」
「でも、そんなことをしたらお狐様のばちが当たるよ」
「村の活性化のためだもの、お狐様もきっと理解してくれるよ。お供えをたくさんあげればいいよ」
「そうだな。やってみる価値はありそうだな。しかしこれは絶対秘密だ。家族にもだぞ。いいね」
と青年団長はみんなに言った。みんなも深くうなずいた。
十人の青年たちは、その日から準備に入った。たいまつを用意したり、白い衣やお面をを作ったりした。そして霧の出る夜を待った。何日かして狐の嫁入りにふさわしい霧が村中に広がった。青年たちは村人に気づかれないようにして吊り橋を渡り、山の麓から頂上の神社に向かって、たいまつを燃やし登って行った。ビデオ担当の青年は川の反対側からそれを撮影した。霧の中に炎が九つ静かに神社へとくねりながら登って行った。また白い衣の人らしき姿もぼんやりと映すことができた。また青年たちの「コーン、コーン」と言う声が山々に響き渡り、小さく鐘の音も聞こえた。とても幻想的な雰囲気が醸し出された。
次の日、青年団長はちゃんと背広を着て名刺を持ち、そのビデオを県内のテレビ局に持って行った。テレビ局の担当の人はそのビデオを見て、これはおもしろいということで、テレビに流してくれることを約束した。
次の日の夜のローカルニュースで、三分間あまりではあったが、ビデオが紹介された。その反響はとても大きく、青年団への問い合わせが県内から相次いだ。また新聞記者も取材に訪れた。ビデオ担当の青年は、打ち合わせ通り、その夜のことを詳しくリアルに説明した。次の日の新聞にも狐の嫁入りのことが大きく紹介された。青年たちはとても喜び、その日の夜は十人で宴会をした。
「ところでこれで終わりということではないんだろうな」
「そうだな。これで終わりでは村の活性化には結びつかないよ」
「では、これからどうしたらいいんだ」
「うーん。狐の嫁入りが見られたという場所を名所にしてはどうだ。つまり吊り橋のたもとに店屋を開き、まんじゅうなんかのみやげものを売ったらどうだ。旗なんかも用意してだな。それからパンフレットもいろんな所に配ろう」
「よし、パンフレットならうちは印刷屋だから、すぐ仕上げてやるよ。写真なんかも入れてね」
「よし、まんじゅうならうちは菓子屋だから作れるよ。箱に狐の嫁入りまんじゅうと印刷すればいいからな」
「店屋はみんなで作ろう。村長にもしっかり了解を取っておこう」
「それから今回一回だけで終わりなのかい?」
「いいや、一回だけではインパクトが弱い。何か手を代えやる必要があろうな。それから見たぞという噂も流そう」
「それからお狐様神社のお札も売り出そう。御利益いっぱいと言うことでね」
「よし、俺はパソコンが得意だから、このホームページを作り、全国に狐の嫁入りを紹介しよう。それから今回撮ったビデオや写真も載せよう」
酒が入っていたせいもあるが、みんな生き生きとして目を輝やせていた。一致団結して村を活性化しようと誓い合った。そして最後に肩を抱き合って青年団の歌をうたった。
その後、青年たちはその一つ一つを実行していった。インターネットで紹介したビデオはとても影響があり、全国から問い合わせが相次いだ。少しおかしいのではないかという意見もたまにあったが、もともと信じられない出来事であるので、問題にはならなかった。また深く追求する者もなかった。
さて、青年団の中の一人が結婚することになった。青年団のみんなはお祝いしようと思ったが、これも村おこしに役立てようとした。
「狐の嫁入りで結婚式をやろう」
「そうだ。それはおもしろそうだ」
「でも本人はどうなんだい」
「ああいいよ。相手の彼女にも了解させるよ」
狐の嫁入りの結婚式を村のイベントとして盛大に行うことになった。花嫁花婿はお化粧も施し、家来たちも狐風に化粧した。テレビ局や新聞社などもたくさんやってきた。また三十分番組としてもテレビで紹介され、全国放送もされた。村興しとしても大成功であった。
そんなある日のことである。青年団長の家に一通の手紙が届いた。十月十日の深夜にあの吊り橋の前に来るよう書かれてあった。最後に「岩野神社より」とあった。これは誰かのいたずらではないかと考えたが、いたずらにしても誰なのか確かめようと思い、結局行くことに決めた。
その夜、団長は橋のたもとに待っていた。すると橋の向こうから一人の白い衣を着た、顔の白い若い女が音もなくやってきた。
「こちらへどうぞ」
そう言うとその女は橋を渡って行った。団長は後から付いて行った。ふと気が付くと団長の背後に何人かの白い鎧を着た、顔の白い武士たちが付いて来た。団長は少し不安になってきた。
神社へと続く山道を登り、頂上の岩野神社に着いた。神社には青白いたいまつが四つ燃えていた。普通のたいまつとは思えなかった。庭にむしろが敷かれてあった。そこに座るよう女は指示し、団長はそこに座った。団長の周りには白い武士たちが取り囲んで座った。
すると神社の扉がゆっくりと開き、一人の神官らしき人物が現れた。その者も白くて長い昔風の帽子を被り、白く長い衣を着て、白い顔をしていた。どことなく狐に似ていた。
「わしはこの神社の神官じゃが、おぬしは、この神社を冒涜しておるようじゃ。その取り調べを行う」
と神官は言った。
「とんでもございません。冒涜などは致しておりません。この神社を有名にしたいだけでございます」
と団長が頭を下げながら言った。
「だまらっしゃい!この神社は甚だ迷惑なだけじゃ」
と神官は厳しく言った。
「本当に申し訳ございません。ですが、このように上手くいったのは、この神社の御利益と考えております」
「わしは御利益など与えてはおらん。おまえのように金儲けのことばかり考えおって、神を冒涜するような奴らばかりとなってしまったのは嘆かわしい」
「誠に申し訳ございません。ですが、このままでは村が寂れてしまいます。何とか村を活性化したかったのでございます。いえいえ、これは嘘ではございません。私の本心です」
「じゃが、おぬしはこの神社のことは何も考えておらんじゃろう」
「たしかに今まではそうでした。しかし今度からこの神社のことを大切に致します。この古い神社の建て直しにも力を入れたいと存じます」
「・・・・・・ほう、それは誠か。じゃが、苦し紛れの出任せではないのか」
「いえいえ、めっそうもございません。信用してほしいと存知ます」
「・・・・・・そうか。その言葉に嘘はあるまいな」
「はい、ございません」
「じゃが、まだ信用できん。お前を監視する者を付けるからな。よいな、裏切りは決して許さんぞ」
「ははっ」
「それから、このことは絶対秘密じゃぞ。お前の家族にも仲間にも一言も言ってはならん。言ったら最後じゃぞ」
「ははっ」
しばらくして団長が頭を上げると周囲には誰もいなかった。青白いたいまつだけが燃えていた。
団長は、この夜のことは誰にも言わなかった。また古くなった神社を建て直すことをみんなに提案し、運動も行った。神社の境内も青年団で清掃したりした。
そんなある日のことである。青年団長が勤めている村役場に一人の若い女性が訪れた。ベレー帽を被り、髪が長く、どことなく品があり、笑顔の可愛らしい女性であった。
「あの一、私、この村のホームページを見て東京から来たんですけれど、狐の嫁入りについてのパンフレットか何かありませんか?」
丁度昼休みだったので、観光課に勤務している団長が対応した。団長はその女性を見て、一目惚れしてしまった。
「ええ、パンフレットもありますが、私がそのことをよく知っていますので、説明致しましょう」
「ええ、お願いします」
「あっ、それから今、昼休みですから、ちょいと出ましょう」
そう言って団長は、その女性を自分の車に乗せて連れて行くことにした。山を登りお狐様神社に連れて行ったり、村の歴史的名所などを説明したりした。女性はこのような伝説のある村がとても気に入ったと言い、また団長にも好意がある様であった。団長は泊まる旅館も紹介した。
そして団長はその後も手紙やEメールなどを通し、その女性と付き合い、半年後に結婚を申し込んだ。その女性も快く承諾してくれた。結婚式も青年団の要望で「狐の嫁入り」として行うことになった。女性もとてもおもしろいと言うことで喜んで賛成してくれた。
二人は狐の化粧をし、服装も白い衣装にして結婚式に望んだ。参加者も狐の化粧をしたりしていた。二人が誓いを交わそうとした時、狐の格好をしたお嫁さんが言った。
「いいですか。私はお狐様神社の信者です。けっしてお狐様を裏切ってはいけませんよ」
と団長にささやいた。団長がお嫁さんの顔を覗き込むと本当の狐に見えた。
おわり
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