マントのお兄さん
戦争前のでき事である。ある小学校に用務員の青年が勤務していた。まだ二十歳になったばかりであった。とてもまじめな青年であり、用務員室に住んでいた。だから遅刻することもなく、朝から晩までよく働いていた。子どもたちからは、マントのお兄ちゃんと言われ親しまれていた。それはその当時、学生が黒いマントをよくしていたが、それを夏以外、青年はいつもまとっていたからである。
さて、お兄さんの仕事の一つに時計塔に毎朝ネジを巻く仕事があった。この学校には昔から校舎の屋根にとても大きな時計塔があった。朝の八時と十二時と五時に鳴る仕掛けになっていた。町の人たちからはとても親しまれていた。しかし、毎日ネジをくれないと止まってしまうのである。だからお兄さんはサボることができなかった。お兄さんが勤めてから一度も止まることはなかった。時計塔にはいつもカギがかれられていた。そのカギはお兄さんが管理していた。
ある夏のことである。教務室の、ある先生の机から現金が盗まれるという事件が起こった。夜、学校にいたのはお兄さんだけであり、また教務室のカギのありかも知っているということで、お兄さんが疑われてしまった。
「ぼくは絶対、盗んでいません!」
お兄さんは弁明したが、なかなか信じてもらえなかった。それで学校を辞めされられることになった。お兄さんは泣きながらくやしがった。だが、夏休みに入る前に、お兄さんは突然、行方不明になってしまった。用務員室に身の回りの生活用具を置いたままにしてである。疑われたので自殺したのではないかと言う人もいた。東京へ出ていったのではないかと言う人もいた。しかしどこへ行ったかはついに分からなかった。
時計塔はその日からついに止まってしまった。カギは一つしかなかった。お兄さんが持っていったままである。
校長は明日から夏休みだから、九月までに間に合わせればよいと考えた。それでしばらくそのままにしておくことにした。
ところが十日ほどして突然、真夜中の十二時に時計が鳴り出した。
「キィーンコォーン、カァーンコォーン、キィーンコォーン、カァーンコォーン・・・・・・・・・」
町中にその音は響き渡った。町の人たちは何事かと驚いた。そのことを聞いて校長は、時計塔を調べることにした。時計塔のドアはとても頑丈でびくともしなかった。ネジを巻かなければ時計が鳴るはずもないので、お兄さんがここに隠れているのではないかと多くの人が考えた。
「隠れているのなら出てきなさい」
校長が外から叫んだが、何の返事はなかった。カギ屋が明日来ることになり、今日はこのままにしておくことにした。
だがその日の夜の十二時に時計が鳴り出した。電話でそのことを聞いた校長は、すぐに学校に向かった。そして、時計塔の下から、
「早く出てきなさい。ドアをぶち破りますよ」
と校長が叫んだ。
すると時計塔の中から煙が出て、炎らしきものも見られた。
「早く、消防車を呼びなさい」
と校長は他の先生に指示した。
町中の消防車が学校に集まった。時計塔はめらめら燃えだした。するとお兄さんがマントをひるがえしながら時計塔のてっぺんに掴まっていた。炎の中で笑っているようにも見えた。このことは多くの町の人々が見ていた。
時計塔はついに燃えてしまった。しかし必死の消火作業の結果、学校だけは何とか火災をまぬがれた。だがマントのお兄さんの死体はついに見つからなかった。あの炎の中をよく逃げ延びることができたものだなあと、みんな不思議に思った。だがマントのお兄さんの消息は警察が必死に調べたがついに分からなかった。すでに町にはいないということになった。
その後、時計塔を再建しようということになり、次の春、新しい時計塔が元の場所に建てられた。校長もその春、転勤してしまった。
カギは新しい校長が管理することになり、新しい用務員の方がネジを巻くことになった。しかし、今度の時計は一週間に一度だけ巻けばよいものだった。
だが、ある日、そのカギが紛失してしまった。いくら探しても見つからなかった。その日から三日後の真夜中、時計が突然なり出した。
「キィーンコォーン、カァーンコォーン、キィーンコォーン、カァーンコォーン・・・・・・・・・」
町の人は、とても驚いたが、以前の記憶がよみがえってきた。新しい校長は連絡を受けて時計塔に向かった。時計塔の下から、
「誰かいるなら出てきなさい」
と校長は叫んだ。
するとあの時のように、時計塔が内部から燃え出した。町中の消防車がすぐに駆けつけ、火事を消すことができた。今度も時計塔は燃えてしまったが、学校は助かった。警察が現場検証をしたが、火元が分からなかった。またお兄さんの死体も見つからなかった。
その後、時計塔はついに再建されなかった。
だが、ある噂が立った。あのマントのお兄さんが、夜な夜な学校の中をさまよっているということである。夜の窓ガラスを黒い影が横切るのを見たとか、不審な影が二階に見えたとか、真夜中に壊れた所を修理しているとかという話である。
今でも学校のどこかにマントのお兄さんが住んでいると言われている。
おわり
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