最後の一等兵
毎年、八月十五日の真夜中に、二十四人の兵隊の亡霊が青海駅のプラットホームに並ぶという噂が、いつの頃からあった。
十五日のその夜、最終列車が通り過ぎてちょうど一時間後、二つの人魂を先頭にして亡霊列車がゆっくりと音もなく青海駅に着いた。するとその列車の中から青白い顔の兵隊たちが降りてきて、プラットホームに一列に並びんだ。そして小隊長らしき人物が最終点呼をした。
「番号!」
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十四・・・・・・・」
「・・・・・一人足りません。中井一等兵がおりません」
「中井一等兵はどこだ。中井一等兵はどこだ。中井一等兵はどこだ・・・・・・・」
と兵隊たちが呼んでいるうちに、一人一人消えて行った。どうも中井一等兵がいないために小隊を解散できないでいるらしかった。それが、毎年繰り広げられていた。
町の人たちはその亡霊が叫んでいる声を聞くと震え上がった。その夜は、町の人たちはじっと家にいることにしていた。
終戦から五十年後、一人の老人が病院で末期ガンで苦しんでいた。その老人は中井三郎と言った。青海駅の噂を聞いて、もしかしたら私を待っているのではないかと思った。
中井三郎の所属する小隊は、マレー半島でアメリカ軍と戦っていた。戦況は苦しく、ついに最後の突撃をすることになった。その時、みんな亡霊となっても一緒に日本へ帰ろうと約束したのである。その突撃で中井一等兵以外、戦死してしまった。中井一等兵は負傷し、アメリカ軍の捕虜となってしまったが、命だけは助かったのである。
(みんなが私を待っている)
八月十五日の早朝、中井は病院をひっそりと抜け出し、家に帰った。中井は妻に先立たれ、子供もおらず、独り住まいであった。納屋から昔の兵隊のボロボロになった服を引っぱり出し、それを着た。そしてその夜、青海駅に向かった。
最終列車が通り過ぎた後、中井はプラットホームにやって来た。だが、末期ガンであったので体中が痛くてたまらなかったが、我慢して立っていた。それを見た駅長がやって来て、中井に訊ねた。
「あなたは誰ですか。今夜は亡霊の出る夜です。早く帰った方がいいでしょう」
「私は中井と申す者です。亡霊たちは私を待っているのです。小隊を解散するめためにも私がここにいる必要があります」
「・・・・・・そうですか。深い理由はあるのでしょうが、気を付けてください」
「ありがとうございます」
駅長は駅長室に戻り、その様子を眺めることにした。
さて、最終列車よりちょうど一時間後、あの亡霊列車がやって来た。青海駅に着くと二十四人の兵隊が静かに降りてきた。二十四人の兵隊はプラットホームに一列に並んだ。七十を過ぎた中井元一等兵はその一番後ろに並んだ。まだ亡霊たちは中井元一等兵には気が付かない様であった。亡霊たちは、小隊長を除けば二十代の若者たちであった。
そして小隊長が最終点呼を始めた。
「番号!」
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十四、二十五、以上全員そろいました」
「 中井一等兵、遅れて申し訳ございません」
と中井元一等兵は最後に付け加えた。それを聞いて亡霊たちは中井元一等兵の方を振り向いた。
「おお、中井ではないか。よく無事で生きていたな」
と小隊長が言った。みんなも懐かしがっていた。
「これで全員揃った。・・・・では小隊を解散する。みんな家に帰ってよし」
と小隊長が言った。亡霊たちは一人一人町に消えて行った。
中井元一等兵は静かに駅のベンチに腰を下ろして横になった。その様子を見ていた駅長は、ベンチに行って中井元一等兵を抱き寄せた。だが、すでに息を引き取っていた。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
さて、小隊長は自分の家に向かった。家に着くと、郵便ポストには弟の名前と何人かの見知らぬ名前が書かれてあった。また新しい家となっていた。小隊長はすっと玄関を通り抜けると居間に行った。そこには仏壇があった。帰ってきた報告をご先祖様にするために、仏壇を開けた。するとそこには両親の写真と自分の写真が飾られてあった。
「・・・・・そうか、俺は死んだのか」
事実を知って小隊長は泣きながら静かに消えていった。それぞれの亡霊たちも自分が死んだことを知ることとなった。
・・・・・・・そして賽の河原に二十五人の兵隊が立ち並んだ。
「では、わが小隊は、これから出発する」
そう小隊長が言うと、二十五人の兵隊は河原を出発した。背後には地獄の夕日が輝いていた。
おわり
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