梨畑
新潟平野を流れる信濃川にそって梨畑が一面に広がっている。毎年、秋になるとたくさんの梨が実り、佐藤さんの畑は、今年大豊作であった。ところが明日収穫しようとなると、その夜にどろぼうが畑に忍び込んで、食べごろの梨だけを盗んでいく事件が続いた。佐藤のじいさんは、どろぼうを捕まえようと思い、納屋の影に隠れて、どろぼうの来るのをじっと待っていた。すると、梨畑の一本道を彼方から口ずさみながら、五人の子どもらしき一団が、軽やかにやって来た。その口ずさむ曲は、どこかで聞いたことのあるものであった。
子どもたちは、一人一人背中にカゴを持っていた。背丈は、小学校三四年生ぐらいだった。彼らは梨畑に入ると、おいしそうな食べごろの梨をぴょんぴょん飛びついて盗り、その梨を自分のカゴの中に次々と投げ入れた。身のこなしが実に軽やかだった。佐藤のじいさんは、それを見て、
「こらー、ガキども盗むんじゃねえ!」
と怒鳴りつけた。
子どもたちは驚いて、梨畑の一本道を急いで逃げて行った。佐藤のじいさんは一生懸命、追いかけたが、とても足が速くみるみるうちに見えなくなってしまった。
「足の速いガキどもだ」
佐藤のじいさんは、ぜいぜい息を吐きながら、そうつぶやいた。
畑に戻る途中、佐藤のじいさんは、子供たちが口ずさんでいた曲が、一年生の孫が通っている小学校の運動会の行進曲で使われたものだということをに気がついた。それに背丈が小学生三四年生ぐらいだったから、犯人はその小学校の子どもたちであろうと思った。そして次の日、佐藤のじいさんはその小学校へ行った。
その学校の校長先生に会い、今までの出来事をすべて話した。校長先生は教頭先生を呼び、しっかりと調べるよう指示した。
「校長先生、明日までに犯人を見つけてほしいですね。また明日来ますよ」
そう言って、その日はそれで佐藤のじいさんは引き上げた。
次の日、佐藤のじいさんは再びやって来た。
校長室には校長先生と生徒指導の中村先生がいた。中村先生は三十歳の男の先生だった。
「どうかね。犯人は分かったかね」
と佐藤のじいさんがたずねた。
「梨を盗むような子は、この学校にはいません。詳しく調べましたが、何かのまちがいでしょう」
と校長先生は言った。
「そんなばかな!隠しているんでしょう」
「そこまでいうんなら、私が今夜から見張り番をしましょう」
と中村先生は言った。
それで今日から佐藤のじいさんと中村先生は、畑の中の小屋で見張り番をすることになった。その夜は、何も起こらなかった。
「明日は、どろぼうは来るじゃろうて。食べごろの梨がいっぱいあるからのう」
と佐藤のじいさんは言った。
次の日の夜、二人が小屋で見張っていると、やはり梨畑の一本道をあの五人の子どもたちがやって来た。中村先生は、子どもたちの顔を見るために懐中電灯を持って待ちかまえた。たとえ逃がしても顔さえ見れば、学校の子どもならすぐに捕まえることができるからである。
子どもたちがいつものように梨を盗っている場所に、二人は静かに近づいて行った。そして、パッと懐中電灯の光をその子どもたちに当てた。するととても奇妙な顔をした者たちで、子どもとはとても思えなかった。
五人の怪しい者たちは、いちもくさんに梨畑の一本道を逃げて行った。中村先生は、自分のバイクに佐藤のじいさんを乗せて追いかけた。バイクでもなかなか追いつけないくらいのすごい速さで逃げて行った。五人の者たちは、梨畑の外れにある寂れた神社の中へ逃げ込んだ。そして神社の建物の中に入ると、バタンと戸を閉めた。
中村先生は、バイクを神社の脇に止め、ゆっくりとその建物に近づいた。
「やっと追いつめることができましたね。佐藤さん」
と中村先生が言ったが、佐藤のじいさんは、神社の建物の前で何かじっと考えごとをしていた。どうも犯人に心あたりがあるようだった。
「では捕まえましょう。佐藤さん」
「いや、今夜はやめましょう。先生の学校の子どもたちではないことがはっきりしたのでそれで良いでしょう」
「いいえ、ここまで犯人を追いつめたのですから警察を呼んで捕まえてもらいましょう」
そう中村先生は言ったが、佐藤のじいさんはなかなか賛成しなかった。しかし犯人は捕まえようと中村先生が強く主張したので、結局二人で捕まえることになった。
中村先生が棒と懐中電灯を持って戸を開けた。すると梨の腐った匂いが一面にたちこめた。床をよく見ると腐った梨がごろごろ転がっていた。その奥に黒いものが五つ並んでおり、ライトを照らすと五つの古びた木像であった。顔にはカラスのように長いくちばしがあった。佐藤のじいさんはそれを見ると手を合わせ、拝みはじめた。
「どうしたんですか?佐藤さん」
「この五つの像は、この神社の守り神のカラス天狗様たちじゃ」
「えっ!この木像がですか。このカラス天狗たちが梨泥棒をしたんでしょうか。・・・・・しかし、何でこんなことをしたんでしょうね?」
「・・・・うーん。それは恐らく、わたしたちがこの神社をそまつにしたからだと思います。この頃は誰も神社の手入れや掃除をしておりませんし、お供え物も上げておりません。それでこんなに荒れ果ててしまったんですよ」
「それでカラス天狗たちが怒って、こんなことをしたんですね」
「そうだと思いますがね」
最後に二人は神社にお参りをして、その場を去った。
佐藤のじいさんは、この話を村人にした。それで神社を綺麗にしようということになり、境内を掃いたり、壊れた所を修理したり、お供え物をたくさん上げたりした。
それ以来、カラス天狗様たちはいたずらをしなくなった。佐藤のじいさんもそこを通る時は必ずお参りをしたそうである。
おわり
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