ラッパ吹きのおじさん

 今年も忘年会シーズンとなった。佐藤は、職場の人たちと宴会をし、三次会までつき合った。だいぶ酒を飲んだが、何とか家まで帰れそうだった。
「佐藤さん、今夜はだいぶ寒いですから、タクシーで帰ったらどうですか」
 といってくれる同僚もいたが、歩くことにした。歩いても家まで15分程度の道のりしかなかった。タクシー代ももったいなかった。
 みんなにさよならと挨拶をして、カラオケバーを出た。時計を見ると、12時を少し過ぎていた。少し脚がふらついてはいたが、意識はまだ確かであるように思えた。店の外は木枯らしが強く吹いていた。酒を飲んでいたので、それほど寒くはなかったが、飛ばされそうに感じた。コートのえりを立てて歩いた。
 しばらく歩くと葵橋があつた。橋には蛍光灯の付いた柱ががいくつか立っており、はっきりと橋の全体が見えた。渡り始めると、強風の中に粉雪が見られるようになった。
(ああ、ついに今年も雪が降り始めたか)
 と、しみじみつぶやいた。
 粉雪はだんだんと多くなり、ついには吹雪となった。
(酔っぱらっているせいなのか、いつもよりこの橋は長く感じられるな)
 橋の中ほどまで来たであろうか。橋の向こうを見ると多くの人影があった。その人影は橋を渡り、こちらへやって来た。よく見ると小学校一二年生ほどの子供たちであった。白いズボンと白いコートを着て、白い帽子と白い靴を履いていた。しかし 背中には白いライフル銃らしきものをみんな持っていた。子供の兵隊のようである。
 子供たちは、立ちすくんでいる私の左右を行進しながらザクザクと通り過ぎていった。百人ばかりいる様に思えた。しかし不思議なことに、うっすらと白く積もった地面には足跡が一つもなかった。
(今の子供たちは、一体何者なんだろう?)
 そんなことを考えていると、一人の白い子供が遅れてやって来て、橋の中ほどの欄干に白い旗を立てた。旗にはローマ数字で「V」と書かれてあった。
「この旗は何ですか?」
 と、その子供に尋ねた。しかし何も応えず、さっさと行ってしまった。気がつくと吹雪は止んでいた。
 橋を渡り終えると、ベンチが橋のたもとにあった。そのベンチは銅で出来ており、銅像の「ラッパを吹くおじさん」がいつものようにベンチの隅に座っていた。ベンチとその銅像とはつながっているのである。ベンチに積もった雪を手で払い、そこに座り、ラッパのおじさんに尋ねてみた。昼間は誰にも応えることは無いのであるが、真夜中、酔っぱらいの男たちに話しかけてくれることがあるのである。
「ついにやって来たわい」
 と、ラッパ吹きのおじさんがつぶやいた。
「今の連中は、一体何者ですか?」
 と、佐藤は尋ねた。
「ええ、雪ン子ですよ。それもたちの悪い連中ですな」
「どんな風にたちが悪いのですか?」
「彼らは子供の格好をしていますが、立派な大人ですよ。シベリア第三師団の精鋭部隊です。彼らが来たということは、今年は大雪ということですな」
「あの旗はどういう意味があるんですか?」
「ええ、この地域は第三師団が占領したということです。先ほどの連中は先発部隊でしょう。本隊がまもなく白いトナカイと共に到着すると思いますよ。・・・・・・ほらご覧なさい」
 そう言うとラッパ吹きのおじさんは、北の空を指さした。
 真夜中だというのに、北の空は白く輝き、無数のトナカイに乗った白い兵隊たちがこちらに向かって進軍していた。
「明日は大雪ということですね。・・・・・・ではラッパ吹きのおじさん。一つ吹いてもらえませんか。いや、ただとは申しません。お金を支払いますから、景気のいい曲でも一つ聴かせてもらえないでしょうかね」
「・・・・・・ええ、いいでしょう。でもお金は入りませんよ。どんな曲がお好みですか」
「寒さを吹き飛ばす楽しい曲なら何でもいいですよ」
「そうですか・・・・・・では一曲」
 ラッパ吹きのおじさんは、「聖者の行進」を吹いてくれた。その曲は街中に響き渡った。曲を聴きながら、北の進軍を眺めていた。何となくラッパに合わせて、北の進軍も早まっているように感じられた・・・・・・。

 翌朝は、十年ぶりの大雪であった。車は駐車場から出すことができなかった。それで歩いて駅に行くことにした。途中にあのベンチがあった。ラッパ吹きのおじさんの銅像も、もちろん座っていた。しかし誰かが銅像の雪を払ってくれていた。私はラッパ吹きのおじさんに軽く会釈をしてその場を通り過ぎた。
ラッパ吹きのおじさんは、中年の酔っぱらいの男たちには愛されている。物知りであり、寂しい中年男たちの話し相手になってくれる。挨拶をする男たちがいるが、みんなそんな連中である。佐藤もそんな男の一人であった・・・・・・。
 

ひとつもどる