卒業生
 
 明日は卒業式である。六年生の担任の佐々木先生は、卒業式の準備で忙しかった。先生になって初めての卒業生である。三十一人の卒業生に最後にどんな話をしようか考えたりしていた。それで夜遅くまで学校に残っていた。ほかの先生たちはみんな帰り、佐々木先生一人になった。その時、電話が突然鳴り出した。電話を取ると教育委員会からであった。
「佐々木先生、明日、六年生に転入生があります。突然の話ですが、その準備をしてください。机と椅子は教室に必ず用意しておいてください。また、卒業証書はこちらで用意しておきますから・・・」
「はい、分かりました。用意しておきます」
 電話を切ったが、どうも不思議な気がした。だが、用意だけはしておくことにした。納屋に行って机と椅子を持ってきて、自分の教室の後ろに置いた。これで三十二の席となった。
 次の日、佐々木先生は前日の準備の疲れで寝坊してしまい、ぎりぎりに学校へ出勤してきた。すでに他の先生たちは卒業式の準備で忙しそうに働いていた。
 教室に行くと卒業生たちががやがや楽しそうにしていた。
「ではみんな席について」
 と佐々木先生が言うと、みんな席についた。三十二の席に全員座っていた。
(おや不思議だな。三十二の席に全員座っているとは・・・・・)
 一人一人の顔を確認したが、みんな知っている顔であった。そして机も数えたが、三十二であった。このクラスは昨日まで三十一人だったはずである。転入生があったとしても、私が全員知っているのはどういうことであろうか。佐々木先生はだんだんと奇妙な感じがしてきた。卒業生のある一人がその様子を見て、
「先生、少し緊張しているようですね。肩の力を少し抜いたらどうですか」
 と言った。みんなはそれを聞いて笑った。卒業生たちは、昨日より一人多いことに気が付いていない様だった。
「卒業生のみなさんは、もうすぐ卒業式が始まりますので、体育館の入口に集まって下さい」
 という校内放送があった。それで卒業生は体育館の方に向かった。佐々木先生は不思議に感じたが、緊張しているせいかも知れないと思った。
 卒業式が始まった。合図とともに卒業生は体育館に入場した。式は式次第の通りに進行していった。卒業証書を渡す時となった。佐々木先生はまだ不思議に思っていたが、名前の読み上げに失敗しないように深呼吸した。佐々木先生が一人一人の名前を呼び、卒業生は校長先生から証書を戴いた。その時も一人一人の顔を確認しながら、名前を呼んだがみんな知っている顔ばかりであった。
卒業生が一人多いということは誰も気が付いていない様であった。式が終わり記念撮影となった。その後個別に記念撮影をしたり、思い出を話し合ったりしていた。そして卒業生は在校生に見送られて学校を去って行った。
 そして、児童玄関に佐々木先生だけとなった。
「佐々木先生」
 振り向くと一人の卒業生が立っていた。
「おお、田中じゃないか。どうしたんだ。たった一人で・・・・・・」
「先生にはお世話になりました・・・・」
「あっ、田中・・・・・・・」
 ついに先生は思い出した。田中は夏休みに海でおぼれ死んだクラスの一人であることを。
「先生ありがとうございました」
そう言うと田中くんは、静かに消えていった・・・・・。
 卒業の記念写真には、田中くんはやはり映っていなかった。また、転校生も最初からいないということであった。だが、卒業生の何人かは、田中くんがいることに気がつき、その時は何とも思わなかったが、後でとても不思議に感じたそうである。

                                      おわり

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