お葬式
今井良吉は奥三面村の中学校に赴任して二年目の、まだ若い教師である。この村は五年後にはダムの下に沈む運命になっていた。中学生も全校で十五名しかいなかった。
良吉はいつも夜遅くまで学校で仕事をしていた。そして学校の鍵を掛けるのはいつも良吉であった。アパートに帰っても誰もおらず、学校でコンピュータをいじるのが好きであった。
学校とアパートの間に一件の食堂があった。そこで夕食を取り、お酒を一杯飲むのが常であった。ある夏のとても暑い日、その食堂でビールを何本か飲んだ。ほろ酔いかげんになって帰宅しようとした。
満月が空に輝き、星がとても美しかった。向こうから人々が二列に並んでやってきた。みんな黒い服を着ており、葬式のようであった。棺桶を6人の男たちが担ぎ、お坊さんも一緒に歩いていた。知っている人も何人かいたので、誰の葬式か良吉は訊ねた。しかし誰も黙ったまましずしずと歩いていた。
良吉は誰の葬式か知りたくて、葬式の最後に付き従った。葬式の列はお寺へと向かった。そしてお寺の周囲を三回まわり、墓場の方に向かった。墓場にはすでに大きな穴が掘られてあった。男たちが棺桶をその穴にゆっくりと入れた。その間、お坊さんがお経を読んでいた。良吉は誰が死んだのかまだ分からなかった。それでその棺桶の入った穴を覗いた。顔の辺りに小さな開き窓があった。それを開こうと思ったが、そんなことはこの場ではできないなと思っていた時、みんな帰り始めた。どうして埋めないのか不思議に思ったが、結局みんな去ってしまった。良吉だけがその場に残った。
良吉はやはり棺桶の中の人物が誰であるか確かめたくなり、穴の中に入り、棺桶の小窓をそっと開けた。するとその中には満月の光を浴びた自分の顔があった。
「あっ!」
良吉は腰を抜かさんばかりに驚いた。そして急いでその場を走って逃げた。どこをどう走ったか分からなかったが、途中で丸木橋があった。そこを駆け抜けようとした時、足を踏み外してしまい、川の中へ落ちてしまった。良吉は川の中で仰向けになりながら満点の星を眺めていた。
(これで俺は死んでしまうのかなあ)
そう思いながら意識がだんだんと薄れていった。
「おい、先生。大丈夫か?」
その声に眼を覚ました。顔見知りの村人であった。良吉は川の中で寝ていた。川の水が夏の日照りでほとんど流れてなかったことと、熱帯夜であったので、助かったのである。
みんなに昨日の出来事を話すと笑われてしまった。昨日は葬式はなかったということで、恐らく狐か何かに騙されたんだろうと言うことになった。
良吉はその日、あのお寺の墓地へ行ってみた。昨日の穴の掘られていた場所には何もなく、アザミの花が咲き誇っていた。
おわり
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