約束

 隆夫と修治とは小学校からの親友である。進学した高校は違っていたが、二人は山登りが大好きで、休日には近くの山をよく登ったりしていた。高校三年になって、隆夫は東京の大学に進学することになった。修治は地元で就職するつもりでいた。
「おい、東京へ行ったら、なかなか二人で登山する機会が少なくなるから、卒業記念として一つ冬山に登ってみないか」
 と隆夫が修治に言った。
「しかし大丈夫かい。今まで冬山に登ったことなんかないぞ」
「大丈夫だよ。そんな高い山に登らなければいいんだよ。栗ヶ岳なんかどうだい。今まで三回登ったことがあるし、大体のコースも分かっているしな」
「そうだな、その山なら大丈夫だな」
 栗ヶ岳は千五百メートルほどの山であり、足慣らし程度と山として知られていた。しかし二人は夏に登ったことはあったが、冬は全く初めてであった。
 大晦日に登って山で一泊し、初日の出を見ようという計画を立てた。一泊の登山なのでそれほどの装備はしなかった。頂上近くには山小屋もあり、いざとなればそこに泊まればよいと考えていた。
 さて、当日は晴天であり、お山もくっきりと見えた。また天気予報も晴れると予報していた。
「隆夫、これならお昼前には頂上に着いてしまうかも知れないな」
「そうだな。晴れて良かったな」
 と二人は気楽に登り始めた。しかしだんだんと曇り始め、ついには雪が降り始めた。最初からこの程度は予想していたが、だんだんと強く降り始め、ついには吹雪となってしまった。前がなかなか見えず、よく知っているコースではあったが、全く進行方向が分からなくなってしまった。そしてコースを少しずつ外れていたが、二人は気が付かなった。
 突然、修治は足を滑らせてしまった。比較的緩やかな崖ではあったが、ごろごろと転がり、 足を捻挫してしまった。隆夫は崖から降りてきて、
「おい、大丈夫か」
 と私に心配そうに訊ねた。
「ああ、足は折れてはいないが、少し捻挫してしまったようだ」
「そうか。・・・・・・歩けそうか」
「ああ、ピッケルがあれば何とかなりそうだ」
「・・・・・・だが、このまま登るのはよそう。ここでキャンプしよう。雪が止むのを待とう」
 と隆夫が言った。
「・・・・・・ああ、そうしよう」
 隆夫は近くの窪みに急いでテントを張った。吹雪はなかなか止みそうもなかった。二人はテントに入り、お茶を湧かして飲んだ。
「大丈夫。明日には晴れるさ。心配することもないよ」
「だが、ごめんよ。足をくじいてしまって」
「誰にもアクシデントはあるさ。気にすることもないよ」
 二人はその日、寒さでふるえるながら一晩過ごした。二人とも眠れなかった。冬山の恐ろしさが実感できた。
 翌朝も吹雪は止むことはなかった。元旦ではあったが、初日の出どころではなかった。
それほどの装備をして来なかったので、だんだんと体が冷えてきた。修治は足の方の痛みがひくどころか、さらに増していた。吹雪は一日中、止むことがなかった。
 隆夫は一人で山を降りて救助を求めようかどうか迷っていた。しかしこのまま修治を一人にしておくのも心配であった。それで吹雪が止むのを待つことにした。
 元旦の夜も吹雪いていた。その音は恐ろしい生き物か何かのわめき声のようであった。 テントが雪で押しつぶされそうになったので、隆夫は一生懸命雪かきをした。雪は後から後から降り続いた。
 修治は寒さでだんだんと元気がなくなってきた。うつらうつら眠りそうになった。その度に隆夫に頬をひっぱたかれて起こされた。
 二日目も朝から吹雪きだった。
「修治、俺は救助隊を呼んでくるから、ここで待ってろ。必ず戻ってくるからな」
「おお、待っているぞ。気をつけてな・・・・・」
 隆夫は吹雪の中を飛び出して行った。修治はうとうと眠りについた。
 どれくらい経ったのであろうか。外は暗かった。修治が戻ってきた。とても青白い顔をして唇は白かった。氷の小さなかたまりが顔の所々に付いていた。
「おい、修治、早く起きろ!何とか戻る道が分かったから、ここを出発しよう。その方が早く助かる」
 そう言って隆夫は修治を背中に担ぎ、紐で修治を縛り付け、吹雪の中を下り始めた。だんだんと吹雪は穏やかになってきた。そして東のそらが明るくなってきた。
 朝になって、空は吹雪が嘘のように晴れ渡った。修治は隆夫の背中で眠っていた。
「おい、修治。起きろ!救助隊が見えるぞ」
 そう言われて修治は隆夫の背中から下の方を見た。かすかに人影らしい姿が見えた。
「何とか助かりそうだ。・・・・・・俺は疲れた。ここで下ろすよ」
 隆夫は修治を雪の上に下ろした。修治は隆夫のにっこりとした笑顔を消えゆく意識の中で眺めていた。
再び修治が気が付くと、そこは病院だった。周りには両親と妹がいた。とても嬉しそうだった。
「ここは病院か。・・・・・・俺は助かったんだ。・・・・・・そうだ。隆夫はどうした?」
 その問いに最初、誰も答えなかった。
「・・・・・・隆夫くんは行方不明だよ。救助隊の方々も必死に探したんだけどもね・・・・」
 と父が言った。
「そんなことはないさ。俺は隆夫におんぶされて助かったんだから・・・・・・」
「えっ!?お前が助けられた時は、誰もそこにはいなかったと聞いているけどもね・・・・・・」
「そんなはずはないよ!たしかに一緒に下山したんだから・・・・・・」
 家族は修治の意識がまだ動転しているのだと思った。
 結局、隆夫は戻らなかった。雪で潰れたテントは見つかったが、遺体は発見されなかった。
 春になって、修治は隆夫を探すことにした。休みの度に山に登った。あちこちを必死になって探した。そしてついに発見した。隆夫の遺体は岩の脇の窪みに横たわっていた。
「隆夫!」
 そう叫ぶと涙が後から後から流れ出た。隆夫の背中には修治を縛り付けた紐が残っていた・・・・・・。

                                            おわり

ひとつもどる