名句小劇場「天河の句」
太陰暦7月4日(太陽暦8月18日) 午後 出雲崎到着 天候快晴
芭蕉と楚良(筆者)は越後の海を横に眺めつつ、出雲崎にやってきた。4日は快晴であり、暑い夏の日であった。二人はそこの旅籠で一泊泊まることにした。
食事が終わると二人は出雲崎の海岸をぶらぶら散策することにした。空には満天の星が輝き、日本海はとてもおだやかであった。
楚良「師匠、とても美しい星空ですね。何年か振りでしょう。まじまじと夜空を眺めたのは・・・・・・」
芭蕉「そうじゃな。日本海の夜空はとても美しいな。楚良、一句詠もうではないか」
楚良「はい、そうしましょう。さて季語は何がいいでしょう。夏空、夏の海ですか?」
芭蕉「そうだな・・・。ほら、星空の中に天の川が見えるではないか。それなどはどうかな」
楚良「はい、美しい季語でいいですね。それにしましょう」
楚良は暫く考え、書き物を取り出すと直ぐに書き始めた。
楚良「師匠、できました。どうです」
星空や今宵は流るる天の川
楚良
芭蕉「それは一体何かね?」
楚良「はい、句です」
芭蕉「句以前ではないかね。夜空を流れているから天の川というんじゃないのかね」
楚良「はいそうですが、曇りの日は流れていないんですよ。今夜は快晴ですから流れているということです。つまり毎日流れていないということです。俳句にはなりませんか」
芭蕉「感動が何も感じられんな。素直さもないな」
楚良「そうですか・・・。師匠はどんな句を詠みましたか」
芭蕉は書き物に一句書いて楚良に示した。
荒海や佐渡によこたふ天河 芭蕉
楚良「なかなか素晴らしい句ですが、今、海は穏やかですよ。それに佐渡島も見えませんが・・・・」
芭蕉「日本海といえば荒海と決まっていよう。その方がみんなの理解が早い。天の川が静寂で日本海が同じようでは釣り合わないではないか。静と動じゃな。天の川には荒海が似合うということじゃよ。」
楚良「はい、確かにそういわれるとそんな気もします。でも佐渡島は・・・」
芭蕉「佐渡島があると越後日本海ではないか。実に旅の句という気がする。また、天の川と荒海との間でしっかりと収まっているではないか」
楚良「佐渡島は実際に見えなくてもよいということですか?」
芭蕉「そうじゃ、心の眼では見えているんじゃよ。眼を瞑り朗読してごらん。佐渡島が見えるであろう。これが上等な文芸じゃ」
楚良「はい、確かに見えます。なるほど凄い句ですね。これは一つの技巧ですね」
芭蕉「技巧、そんなものを感じさせるようでは駄目なんじゃ。句に技巧があるのば当然じゃ。しかしそれを感じされるようでは談林風じゃな。」
楚良「それでは蕉風とは、技巧を感じさせてはいけないんですね」
芭蕉「そうじゃ。技巧はある。しかしないんじゃ。一見素直に詠んでいるという風に感じさせるんじゃ。そうすると句に深みも出てくるじゃろう」
楚良「素直なだけでは、月並みとなってしまうということですね」
芭蕉「そうじゃ。月並みと蕉風は紙一重ということじゃな」
芭蕉「さて、楚良よ。これらを踏まえて一つ詠んでみなさい」
楚良「はい、詠んでみますが・・・」
そういうと、楚良は頭を捻りつつ書き出した。
天の川恐らく佐渡はあの辺り 楚良
楚良「どうでしょう。師匠」
と自信のなさそうな態度で芭蕉に句を示した。芭蕉はそれには何も批評を与えず、
芭蕉「うーん、楚良よ。早く宿に帰り、寝ることにしよう。明日は早いぞ」
楚良「はい、寝ましょう。明日また頑張りましょう」
二人は宿に戻り、酒を少し飲んで寝ることにした。しかし、楚良は布団の中でなかなか眠れなかった。芭蕉は寝息を立てて、ぐっすりと眠っていた。楚良は、真夜中に一人起き出し、宿の縁側から夜空を眺めた。日本海は静かな波を立て、満天の星空はとても静かだった・・・。
楚良はもう一句詠むことにした。
天の川静かに流れ佐渡の海 楚良
そんな雰囲気の日本海であった・・・。
2008.5.18