名句小劇場「日の光の句」

太陰暦4月1日(太陽暦5月19日) 昼過ぎに日光に到着 天候小雨  日光東照宮を参詣する。

楚良「壮麗豪華な、なんと素晴らしいお社でしょう。さすが徳川様の偉大さがよく分かります」 
芭蕉「そうじゃな。徳川様あっての平安じゃ。我々がこうして気楽に旅ができるのも徳川様のお陰じゃろう。感謝すべきじゃ」
楚良「では一句。日光を詠まねばなりませんね・・・」
いつもは楚良が最初に句を捻り出すことが多いのであるが、今回は芭蕉が早かった。

あらたふと木の下闇も日の光      芭蕉

芭蕉「どうじゃな」
楚良「素晴らしい句だとは思いますが、どんな意味で?」
芭蕉「これは簡単じゃろう。つまり、『何と尊い日光東照宮であろうか。普通は日の差さない木の下の闇にも遍く日の光が差しているではないか』ということじゃ。それに日の光と日光とを掛けているな」
楚良「おお、全て徳川家康公のお陰ということですね。徳川家康公、つまり東照大権現様への感謝の心がよく出ておりますなあ。ただ・・・」
楚良「ただ、何というのじゃ?」
楚良「木の下の闇というのが、東照大権現様に相応しいかどうが・・・。つまりお上ですから、木の下というのはどうでしょうか」
芭蕉「そうじゃのう。楚良にしては良いところに目を付けたな。中の句は動くかもしれん・・・」
そういうと芭蕉は暫く考え、次のように修正した。

あらたふと青葉若葉の日の光      芭蕉

楚良「少し意味が変わりましたな?」
芭蕉「そうじゃな。尊いことに、日光のお山は青葉や若葉が日の光に照り映えており、まことに素晴らしい、ということじゃ」
楚良「前の句よりもずっと素晴らしい句になりましたね。これも名句でしょう」
芭蕉「・・・さて、楚良よ。お前の句はどんなだ?」
楚良「さてさて、日光の素晴らしさを短い句で詠むことは、私にはできません。師匠の句だけでよろしいではありませぬか」
芭蕉「まあそうじゃな。拙い句で東照大権現様に対して失礼があっても仕方ない」
楚良「そうでしょう。では早くお宿を探しましょう。歩きすぎて腹がへってしまいましたよ」
二人は日光にある佛五左衛門の旅篭に泊まり、ゆっくりと休んだ。

                                                2008.5.23