名句小劇場「行秋の句」
露通が敦賀の港まで出迎えに来てくれた。露通と一緒に出発し、美濃の国(岐阜県)
まで行った。大垣に着くと山中温泉で別れた楚良も病気が治り、伊勢よりやって来て再会することができた。
名古屋からは越人が馬を走らせてやって来た。みんな如行の家に集まった。前川子・荊口親子など、その他にも門人がたくさんやって来て、まるで亡くなった人が生き返り、その人に会うような喜びで芭蕉をいたわってくれた。
だが芭蕉は旅の疲れも抜けきらないうちに、太陰暦9月6日(太陽暦10月18日)に、9月10日から始まる伊勢神社のご遷宮(20年に一度お宮を立て替え御装束・御神宝を新調して、大御神に新宮へお遷りいただくお祭りのこと)を拝もうと、また舟に乗って川を下り、旅立つことにした。
芭蕉「伊勢神社に行こうと思う。皆の衆とはここで一端お別れじゃ」
如行「また直ぐに逢えるのでしょうか?」
芭蕉「もちろんじゃ。お参りをしたら、直ぐに帰ってこようと思う」
越人「では、安全な旅であることを祈っております」
芭蕉「皆の衆、本当にありがとう。ここで一句披露させてもらうぞ」
蛤のふたみにわかれ行秋ぞ 芭蕉
露痛「おお、この句は西行法師の『今ぞ見る二見の浦のはまぐりを貝合せとて覆ふなりけり』という歌を踏まえておりますよ」
楚良「もっと分かりやすくいいますと、どんな・・・?」
露通「『この歌の蛤が蓋と身に分かれるように、私は再び皆さんと別れを告げて伊勢の二見が浦へと旅立っていこう』ということです。『ふたみ』は蛤の蓋と身に伊勢の二見が浦に掛けていますよ」
楚良「なるほど、技巧のとても優れた句ですなぁ・・・。あっ、今、気がつきましたが、最初の千住で詠んだ『行春や鳥啼魚の目は泪』と対になっておりますよ」
露通「なるほど、確かに対になっていますね・・・。千住には舟でさか上り、大垣では舟で下り、両方とも別れの句であり、奥の深い句ですな。おや、奥を旅してきたのですな・・・」
そういうと露通は笑った。
如行「では、われわれも一句詠まねばなりませんね」
そういうと見送る人々の何人かがそれぞれ一句披露した。
寂しさや行秋だけであらずなり 詠み人知らず
行秋と共に師匠も旅立てり 詠み人知らず
行秋や師匠の姿そのままに 詠み人知らず
行秋よ師匠を守り伊勢の宮 詠み人知らず
行秋と共に旅する芭蕉かな 詠み人知らず
芭蕉「『奥の細道』はこれで終わりじゃが、人生は終わりのない旅の如く続くのじゃ。皆の衆、それではお元気で・・・・・・」
芭蕉は川舟に乗ると、見送りの人々に手を振り最後の挨拶をした。見送りの人々は舟が見えなくなるまで、手を振り続けた。泣いている門人も何人か見られた。秋の夕日が薄紅をぬったように空を染めていた・・・。
おわり
2008.6.13