名句小劇場「行春の句」
太陰暦3月27日(太陽暦5月16日) 芭蕉と楚良(筆者)は、深川から川舟に乗って川を上り、千住で舟を降りた。千住は宿場町であり、東北地方へ行く旅人は千住から出発することになっていた。また旅に出る場合、最寄りの宿場町まで見送りに行くことが当時の慣わしであり、千住で見送りの親しい人々と最後の別れをし、「奥の細道」へと旅立った。
楚良「だんだんと見送りの人たちが小さくなっていきますよ。門人もなかなか立ち去りませんね。別れ惜しいですねえ・・・」
芭蕉「そうじゃな。わしも歳を取っておるし、いつ死ぬかも知れぬ。もしかしたらこれが彼らとの最後の別れになるかもしれん・・・」
楚良「何を気の弱いことを申します。私は楽しい句づくりの旅だと思っております」
芭蕉「そうじゃな。どんな句が出来るか楽しみではあるな」
楚良「そうですとも。またいろいろな俳人とも出会えますよ。それに各地の名所や名物なども楽しみです」
芭蕉「そうじゃな。ところで楚良、惜別の句を詠んでみたか?」
楚良「いえ、そんな余裕がまだ・・・・・・」
芭蕉「わしは一句できた。といっても出発の時にはほとんど出来ていたのじゃが・・・」
楚良「どんな句ですか?」
芭蕉は歩きながら句を披露した。
行春や鳥啼魚の目は泪 芭蕉
楚良「おお、素晴らしい句ですな。・・・・・・さて、鳥啼くの意味が少し分かりにくいのですが・・・・・・」
芭蕉「鳥とはわしらのことじゃよ。わしらが渡り鳥のように声を上げ、旅立つということじゃ」
楚良「ということは、魚は見送ってくれた門人たちということですね。生きのいい魚は目が潤んでいる感じがしますし、門人たちの眼には確かに泪がありましたな・・・。行春という季語も惜別にとても相応しい気がします」
芭蕉「この季語は動かぬ。別れを示す言葉そのものじゃ」
楚良「出発にあたり素晴らしい句が出来ましたね。師匠、先が楽しみですよ」
芭蕉「ところで楚良はどんな句を詠むんじゃ?」
楚良「困りましたな・・・。実は先ほどから考えてほぼ出来てはいるんですが、名句を聞くと披露しにくいですよ。でも『行春』は、一度は使ってみたい季語です」
そういいながら楚良は一句披露した。
行春や一期一会の旅烏 楚良
芭蕉「我々は旅烏か・・・。少し甘いが、それも良かろう。楽しみのある句じゃな・・・」
親しい人々との別れは寂しいものであったが、旅先にどんなことが待っているのか二人は期待に胸をふくらませながら歩き続けた。遠くより何の鳥かは分からないが、鳴き声が微かに聞こえていた・・・。
夕方、草加に到着し、一泊する。
2008.5.23