名句小劇場「笠島の句」

太陰暦5月4日(太陽暦6月20日) 天候雨 朝方、白石を出発する。笠島は遠いということで、寄らずに通過する。
楚良「なかなか雨がやみませんね・・・。どうします。笠島に寄りましょうか?」
芭蕉「寄ってみたいが、雨でなかなかのぬかり道じゃな」
楚良「確かに寄るのも大変ですね・・・。処で、笠島には何があります?」
芭蕉「おや、知らぬのか。中将藤原実方(さねかた)のお亡くなりになった地ということを・・・」
楚良「それは失礼いたしました。失礼ついでに訊くのですが、その実方というお方は・・・?」
芭蕉「実方は宮中でゴタゴタを起こし、みちのくに左遷された歌人じゃよ」
楚良「そのゴタゴタとは?」
芭蕉「歌人として名の知られている藤原行成と宮中でつまらぬことで喧嘩し、行成の冠を奪って投げつけたのじゃ。それを見とがめた一条天皇によって陸奥守に左遷されたのじゃな。ついでに赴任地の陸奥では不遜にも笠島の道祖神の前を乗馬したまま通ったため、道祖神の怒りを買い、落馬して亡くなったのじゃ」
楚良「それはそれは不憫な・・・。では行ってお参りしましょうか?」
芭蕉「わしはこの雨でとても疲れた。ここでお参りすることにしよう」
そういって笠島には寄らず、遠くより二人は手を合わせ拝んだ。
芭蕉「さて、寄らなくても一句は残すべきじゃな・・・」
楚良「確かにそうですね」
二人はお寺の軒を借りて雨宿りをし、そこで句を詠んだ。
まず、芭蕉から出来上がった。

笠島はいづこ五月のぬかり道      芭蕉

楚良「この句の意味は、『みちのくの歌人藤原実方のお亡くなりになった笠島は、五月の雨でぬかる道になってしまったが、何処にあるのでしょう』ということですね」
芭蕉「そうじゃ。実方を偲ぶ一句じゃな。偲ぶ句も挨拶句として大切にすべきじゃ」
次に楚良が一句、披露した。

五月雨に煙る笠島道知らず      楚良

楚良「この句の意味は、『笠島が五月雨に煙っていますが、そこまでに行く道がよく分からない』というものです。師匠の句の感性を少し真似しました」
芭蕉「じゃが二番煎じじゃな。やはり自分の想いを大切にせねばならんぞ」
楚良「はい、しかしまだまだ修行の身ですから、師匠からいろいろ学びたいと思います」
芭蕉「謙虚であることも学ぶ姿勢の一つとして大切なことじゃ」 
楚良「はい、謙虚な楚良ですから・・・」

二人は再び小雨降る中を歩き出し、夕方近く仙台に到着し、仙台の大崎庄左衛門の家に宿泊した。

                                                   2008.6.2