名句小劇場「きりぎりすの句」

太陰暦7月25日(太陽暦9月8日) 小松の太田神社(現在は多太神社)を訪ねる。ここには源平時代の武士である斎藤実盛の兜と錦の切れはしが残っていた。

楚良「ここが実盛公の遺品が残された神社ですか。さて、実盛公とはどんな武士だったのですか?」
北肢「それについては私が説明しましょう。ここに飾られてある兜は、実盛公が源氏の家来だった時に源義朝公より戴いたものです。その後縁あって平家の側についたのですが、源平合戦の時、木曽の義仲の家来に討たれたのです。処が木曽義仲公は幼少の時、実盛公に育てられたことがありましてな、討ち取られた実盛公の首を見てさめざめと泣いたということです。実盛公は七十過ぎの年寄りでして、最初首を見た時、髪の毛が真っ黒だったので、よく分からなかったそうです。しかし首を洗うと真っ白の白髪になりましてな。つまり髪を染めて若武者を装っていたのですが、とても不憫に感じたそうです」
楚良「なるほど、無惨なことで・・・・・・」
北肢「では、挨拶句でも一句・・・」
芭蕉「挨拶句というよりも、奉納句じゃな。おのおの方一句奉納しましょうぞ」
北肢「では私から一句」

斬られたる首の甲や秋の風    北肢

楚良「おお、きっちりとまとまっておりますな」
芭蕉「秋の風がややぬるい感じがするが・・・」
北肢「そういわれれば確かに、検討したいと思います・・・」
楚良「次は私が一句、披露させてもらいます」

実盛の白髪の首や菊の花     楚良

北肢「おお、甲に菊の模様が彫られてありますな・・・。なるほど、菊の花の季語がなかなかいい感じがしますぞ」
芭蕉「じゃが、白髪の首がなまなましく感じてしまうが・・・」
楚良「・・・なるほど、検討いたします」
芭蕉「今度はわしの番じゃな」

むざんやな甲の下のきりぎりす      芭蕉

北肢「おお、きりぎりす(現在ではこおろぎのこと)という季語がとても決まってますね」
楚良「きりぎりすは、実盛公の霊なのでしょう」
北肢「これは名句として後世に残るように思います」
芭蕉「そんなこともあるまい」
三人は甲をよく拝み、実盛公を偲んだ。帰り際、三人が神社の庭の前を通ると、きりぎりすが数匹啼いていた。
三人は、この後、門人らと俳諧を行い、夜は藤井宅に一泊した。

                                                  2008.6.8