名句小劇場「象潟の二句」

太陰暦6月16日(太陽暦8月1日) 雨の中を象潟(きさかた)に到着する。
当時の象潟は浅い湖となっており、潟湖(せきこ)である。その中にいくつかの小島も浮かんでいた。

楚良「ずっと雨が続きますなあ。おや、あれが西の松島といわれている象潟でしょうか?」
芭蕉「そうじゃな。いくつかの小島も見られるぞ。晴れていればとても景色が良いのじゃろう」
楚良「おや、こんな処におもしろい花が咲いていますよ。何でしょう?」
芭蕉「それは合歓の花じゃな・・・」

雨が激しくなってきたので、近くの漁師に頼み、船小屋で休ませてもらうことにした。
楚良「いやいや、ひどい雨になってきましたな。ここで少し休んでから塩越まで行きましょう。おや、師匠は一句、ここで詠みますか?」
芭蕉は何もいわず書き物を取り出すと一句書き始めた。

象潟や雨に西施(せいし)がねぶ(合歓)の花     芭蕉

楚良「おや、なかなかの名句・・・。さて、西施とは誰のことですか?」
芭蕉「それはじゃな。西施とは、絶世の美女であり、越の王勾踐(こうせん)の愛人だった女性じゃ。越の王勾踐は、西施の美しさにおぼれてしまい、部下の笵蠡(はんれい)は、これでは国が危ういと考えて、西施を敵国の呉の王夫差(ふさ)に与えてしまったのじゃ。やはり、呉の王は西施に耽溺し、国は乱れてしまったんじゃ。それに応じて越は呉をせめて滅ぼし、西施は取り戻されたのじゃ。しかし西施を邪魔と考えた笵蠡は西施を暗殺してしまったんじゃな。美しいばかりに不幸な女性であった・・・」
楚良「なるほど、では句の意味は、『象潟は現在、雨が降っており、その中で合歓の花が咲いているが、雨に濡れてしおれている様子は西施がかなしんで目をつむっているかのようだ』ということでしょうか」
芭蕉「まあ、そのような意味じゃのう・・・」
楚良「知識がないと読み取れませんね・・・」
芭蕉「そういう句もあるということじゃ。だが俳句そのものが知識を必要としているのじゃ。特に、旅の句はそうじゃな。漢詩の知識やその土地の知識がないといけないのじゃよ・・・」
楚良「なるほど。『知識を持つべし』ですね」
そういうと楚良も一句書き出した。

象潟や西施はをらず楊貴妃も      楚良

楚良「如何でしょう?」
芭蕉「象潟のようなひなびた処では美人はおらぬということじゃな。読み捨てご免にいたしなさい」
楚良「はい、そう致します」
芭蕉は再び一句書き出した。

汐越や鶴はぎぬれて海涼し      芭蕉

楚良「汐越とは何ですか?」
芭蕉「それは、日本海の潮が象潟に流れ込んでいる浅瀬のことじゃ。途中で見たではないか」
楚良「ああ、あの辺りのことですか・・・。ですが、鶴はいましたか?」
芭蕉「雨が降っていて、よく見えなかったな。しかし土地の漁師の話では、鶴はいるとのことじゃ」
楚良「なるほど、実際に見なくても普段いるならそれでもよい訳ですね・・・。さて、この句の意味は、汐越の浅瀬に鶴が足を濡らして立っている。涼しそうに見えることだ、ということですね」
芭蕉「そうじゃな」
楚良「なかなか絵画的な句ですね」
芭蕉「そういう句もあるじゃろう。句と絵とは、和歌と絵よりも似合うということじゃ」
楚良「私もそういう句を詠んでみたいと思います」
そういうと一句書き出した。

汐越や鶴の夫婦の睦まじく    楚良

楚良「如何でしょう?」
芭蕉「絵画的じゃが、『睦まじく』が今ひとつじゃな。その様子がよく見えん・・・」
楚良「どんな風に睦まじくか、ですね」

汐越や鶴の夫婦の口合せ    楚良

楚良「これで如何でしょう」
芭蕉「下品になったのう。読み捨ての方がよいかも知れぬ・・・」
楚良「はい、よく考えます・・・」
雨が小雨になってきたので、二人は船小屋を出て、塩越まで歩き、佐々木孫左衛門次郎の家に泊まった。

                                                 2008.5.31