名句小劇場「名月の句」

翌日、太陰暦8月15日(太陽暦9月28日)は朝から雨であった。

等才「ああ、朝からずっと雨ですね・・・・・・」
芭蕉「そうじゃな・・・・・・」
等才「でもまあ、昨日はいい天気だったのがせめての救いでしょうか・・・」
芭蕉「天気は仕方ない。この雨も何かの縁じゃ。これで一句詠むべきであろう」
そういうと書き物に一句、筆を走らせた。

名月や北国(ほくこく)日和定めなき       芭蕉

等才「この句は、『仲秋の名月を期待していたのに、北国の天候は変わりやすいものだ。雨になってしまいとても残念だ』という意味ですね」
芭蕉「そうじゃな。雨名月を味わおうぞ」
等才「はて、雨名月を楽しむとは、どのように・・・?」
芭蕉「それはじゃな。酒を飲みつつ、だんごを味わいつつ、句を詠むというものじゃ」
等才「それはそれは、まことに結構なことで・・・」
芭蕉「等才殿も一句、ご披露を・・・」
等才「はは、では一句」

名月を想ひて飲むや雨の中      等才

芭蕉「なかなか・・・ですな」
その時、宿屋の主人が酒を持って部屋にやって来た。その二人の様子を見つつ、
宿の主人「皆様はなかなかの風流人ですね。私も俳諧は好きでしてね・・・」
芭蕉「それではご主人、一句どうですか」
宿の主人「いやいや私の様な者が恥ずかしいですよ・・・」
等才「そう恥ずかしがらずに、一句、一句」
強く進められて主人は一句詠むことになり、

名月を突き刺し食べる団子かな     宿の主人

等才「おお、団子を名月に見立て、名月を突き刺して戴くということですね」
芭蕉「なかなかおもしろい句ですな。俳諧の才があると見ましたぞ」
宿の主人「いやいや、俳諧の宗匠からそのように褒めていただけるとは思いもよりませんでした。今日の酒は私のおごりとさせてくださいませ」
そういって宿の主人は部屋から出て行った。
等才「ただとは良かったですね」
芭蕉「これも一つの縁じゃな」
二人は雨の庭を眺めつつ、夜遅くまで酒を酌み交わした。

                                               2008.6.11