名句小劇場「しのぶ摺の句」
太陰暦5月2日(太陽暦6月18日) 天候快晴 芭蕉と楚良(筆者)は、福島の宿を出発する。阿武隈川を船で渡り、信夫の里に行き、しのぶ摺の石を見物する。
楚良「これがしのぶ摺りの石ですか。半分土に埋まっておりますな・・・」
芭蕉「それほど大切にされておらんようだな・・・」
楚良「そうですね・・・。処でこの石は何に使ったのですか?」
芭蕉「そんなことも知らぬのか。まあよい・・・。染め方の一つの方法じゃ。つまり、石に文字を掘ったとしよう。その上に布を被せ、その上から草で叩くんじゃ。すると草の汁がついて文字の模様ができるという訳じゃな」
楚良「なるほど、なかなか荒っぽいやり方ですな。それで廃れたんでしょうか?」
芭蕉「理由はよく分からぬ・・・。しかし、わしはこの染め物を気に入っておる」
楚良「では、名所に来たのですから、一句ですね・・・。ではわたしから詠ませていただきます」
しのぶ摺石は埋まりて木下闇 楚良
芭蕉「そのままの句じゃな」
楚良「だめでしょうか?」
芭蕉「だめというより、芸がないな。見たそのままなら誰でも作れよう。俳人なら一つ捻りがあってもよいということじゃ」
そういうと芭蕉は書き物を取り出し、さらさらとしたためた。
早苗とる手もとや昔しのぶ摺(ずり) 芭蕉
楚良「句の意味は、どのような・・・?」
芭蕉「分からぬかな・・・。つまり、『田植えをする早乙女たちの手つきを見ていると、昔しのぶ摺りをしていた時の手つきもそうであったのだろうか』という意味じゃ」
楚良「なるほど、おや! もしかしたら、『しのぶは偲ぶで昔を偲んでおりますよ』という掛詞にもなっているのですね」
芭蕉「よく気がついたぞ。これが捻りじゃ。よく心得ておくように・・・」
楚良「よく分かりました。今度からきっちりと捻りを利かせたいと思います」
芭蕉「まてまて、それが目立ち過ぎても嫌みじゃのう。あるようでない、そんな捻りがいいようじゃ。目立ちすぎるとそこから句は崩れるものよ・・・」
楚良「なかなか、句は奥が深いですなあ」
芭蕉「そうじゃ。ここはみちのく、だから・・・ということじゃ・・・」
楚良「おお、奥の深い言い回しですね・・・」
芭蕉「あまり余計なことをいわず、次に行こうぞ」
二人は奥州藤原氏に縁のある佐藤庄司、忠信兄弟の一族の墓に参った。
2008.5.28