名句小劇場「裏見の滝の句」
太陰暦4月2日(太陽暦5月20日)
天候快晴 日光
芭蕉と楚良(筆者)は、日光東照宮を見学した後、近くにある裏見の滝の見物に行った。
楚良「裏見の滝が見えますな。滝の裏側から滝を見ることができるからそういうらしいですよ」
芭蕉「では後ろに参ろう」
二人は岩場の間の細い道を通って滝の裏側に入った。
楚良「おお、裏はなかなか涼しくて、めったに見られない素晴らしい景色ですよ」
芭蕉「この滝で夏行(げぎょう)する僧侶もいるんであろうか?」
楚良「はて、夏行とは何ですか?」
芭蕉「おや、知らないのか。俳人で知らないと少し恥ずかしいぞ。夏の初め頃から僧侶が滝に当たって修行をすることじゃ。九十日ほどするそうじゃ。とても大変じゃな・・・」
そういうと芭蕉は書き物を取り出し、一句したためた。
暫時(しばらく)は滝に籠るや夏(げ)の初(はじめ) 芭蕉
楚良「意味は平明で、読んでそのままですね。しかし夏行をしているのは僧侶なのでは?」
芭蕉「いいや、わしで良かろう」
楚良「えっ!? 師匠はやっておりませんが・・・・・・?」
芭蕉「わしがやっているような気持ちになったということじゃ。文芸はやってなくてもやったでいいんじゃ」
楚良「なるほど、そういうものですか。参考になります・・・。では私の方から一句」
郭公や裏見の滝の表裏 楚良
芭蕉「おお、さっきから啼いていたのは、郭公であったか。滝の音であまり聞こえなかったが・・・」
楚良「はい、これは『滝の裏にいると、郭公の鳴き声が裏と表では聞こえ方が違うように、滝の裏と表とは違う世界であることよ』という意味です」
芭蕉「うむ、なるほど。ところで楚良は、滝の裏と表ではどちらが好きなんじゃ?」
楚良「はい、表なら郭公の声はよく聞こえます。それはそれでよいのですが、滝の裏の世界はなかなか見られません。一時的には裏がよいのですが、ずっとなら表がよいですね」
芭蕉「どちらもよいということじゃな・・・。二つに一つが無理じゃな。両方よい処とそうでない処を知ることが大切じゃ」
楚良「なるほど。いろいろな物の見方が大切ということですね」
芭蕉「・・・さて、少し寒くなってきたな。表の世界に戻ろう」
楚良「おやおや、この程度で寒いとは、師匠には夏行は無理ですね」
芭蕉「楚良よ、わしの歳で夏行は無理じゃ。やりたいことと実際にやることとは違うんじゃぞ」
楚良「なるほど、師匠とおりますと、句以外のことも学ばせてもらえます」
芭蕉「いいや、これも句の修行じゃ。何でも句づくりに役立つのじゃ。それが分かるか分からないかは、本人の力量にもよる・・・・・・」
楚良「師匠、一句できました」
芭蕉「おお、聞こうぞ」
夏なのに寒しと謂へり裏見滝 楚良
二人はこの後、那須に行った。天候が崩れ、大雨となる。塩屋町で一泊した。