名句小劇場「遊行柳の句」
太陰暦4月20日(太陽暦6月7日) 天候晴 栃木の那須町に行き、芦野の有名な遊行柳(ゆぎょうやなぎ)を見物する。
芭蕉と楚良(筆者)は、早乙女たちにより田植えが行われている田んぼの広がる中に立っている遊行柳の下に腰掛け、休んでいる。
楚良「やあ、柳が涼しげに風に戦いでますなぁ」
芭蕉「風もなかなか心地よくて、やはり旅は良いぞ」
楚良「ここらで一つ、句でも詠みましょう」
二人は暫く考えていたが、まず楚良が書き出した。
楚良「師匠、できました。如何でしょう」
早乙女の手つき鮮やか柳風
楚良
芭蕉「おぬしは何に心を動かされたのじゃ?」
楚良「それは早乙女たちの田植えの手つきの鮮やかさに眼が向きましたが・・・」
芭蕉「なら、柳は関係ないではないか」
楚良「それはそうですが、この柳は有名ですから・・・・」
芭蕉「なら、柳の存在をもっとはっきりさせるべきじゃな」
楚良「そうですか・・・・・・。なら次の句はどうです」
といって楚良は素早く書き出した。
早乙女を眺めてゐたる柳かな 楚良
楚良「早乙女と柳の関係が『眺める』という行為で結びつきましたよ。これなら如何でしょう」
芭蕉「だが、それでどうした、という句じゃな。普通の関係では月並句から抜け出せぬということじゃ」
楚良「そういわれると確かにこれは月並句ですな・・・」
楚良は少し気落ちして師匠の句の出来るのを待っていた。
芭蕉は暫く考え、次の句を書き出した。
田一枚植て立去る柳かな
芭蕉
楚良「この句の意味は、『早乙女たちが一枚の田を植えて立ち去った後に、柳が涼しく戦いでおるよ』という風な意味でしょうか」
芭蕉「まあ、そうじゃな。そう解釈してもらってかまわん」
楚良「ですが、田を植えているのは、早乙女たちと書かれてませんが・・・・・・」
芭蕉「何をいう。句は短い。田を植えるのは早乙女たちと昔から決まっておろうが。それともわしやお前が勝手に植えるとでも申すのか」
楚良「なるほど。疲れている我々がそんなことは決してしませんね。でも他にも解釈できますよ」
芭蕉「どのようにじゃ?」
楚良「早乙女たちに田が一枚植えられたのを見て、師匠が立ち去り、柳だけが残った、という解釈ですが・・・・・・」
芭蕉「それは可笑しいじゃろ。我々は立ち去っておらんではないか。ここにいて句を詠んでおるではないか」
楚良「なるほど。ここにおりますな。立ち去っておりませんな」
といって鼻をかきつつ笑った。
芭蕉「句は素直に解釈することが基本じゃ。小難しく解釈すると訳が分からなくなるのじゃ。本質がぼやけてしまうのじゃ。また解釈がたくさんあるような句はよくないということじゃな」
楚良「なるほど。素直に解釈すべし、ですね」
二人は暫く休むと遊行柳に別れを告げ、青田風の吹く中を歩きつつ次の白河へと向かった。
2008.5.22