我が兄終焉の夕べ、密に我を召し慇懃に属して曰く、「我に夙願有り。一大蔵経を建立せんと欲す
れども、如何せん家貧しくて遂ぐる能はざりき。憾む所は唯だ是れのみ。願はくば爾(なんじ)我が志
を継いで之を成せ」と。言ひ了つて奄然として逝く。爾(しか)りし自り以来、戦戦兢兢、深淵に臨むが
如く、薄氷を踏むが如し。今玆、文政十一戊子年夏四月、所願を果たすことを得たり。実に重担を
脱せしが如し。然るに躊昔の事を思ふ毎に、悲喜交集ひ、涕涙殆ど襟を霑すに至る。主人其の事
を以て余に語り、且之を記さんことを求む。因つて禿筆(とくひつ)を援り以て之を述ぶるのみ。
願主 能登屋元右衛門 沙門良寛謹書
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