良寛様全歌集 秋の部

打つべし。打つべし。般若心経書き写す如く。  小山宗太郎

番号


秋の部短歌(吉野秀雄「良寛歌集」参考)

285

さびしさに草のいほりを出でてみれば稲葉おしなみ秋風ぞ吹く

286

わせねとる時にと君に契りしにいな葉おしなみ秋風ぞ吹く

287

何となくうらがなしきはわが門の稲葉そよがす初秋の風

288

あはれさはいつはあれども蔦の葉の裏吹き返す秋の初風

289

あしひきの山田のかかし汝さへも穂ひろふ鳥を守るてふものを

290

かくばかりありけるものを世の中は何朝がほをもろしと思はむ

291

秋もややうらさびしくぞなりにける小笹に雨のそそぐを聞けば

292

秋さめの日に日に降るにあしひきの山田の爺は晩稲刈るらむ

293

おくて刈る山田のをぢはいかならむひと日も雨の降らぬ日はなし

294

秋の雨の晴れ間に出でて子供らと山路たどれば裳のすそ濡れぬ

295

秋の雨の日に日に降ればから衣ぬれこそまされ乾(ひ)るとはなしに

296

秋の夜もややはだ寒くなりにけりひとりや君が明かしかぬらむ

297

秋の夜もやや肌くなりにけりひとりやさびし明かしかねつも

298

秋の夜はながしといへどさすたけの君と語ればおもえなくに

299

秋の夜のさ夜ふくるまで柴の戸に語りしことをいつか忘れむ

300

夏草の田ぶせの庵と秋の野の浅茅が宿はいづれ住みよき

301

あだなりと人はいふとも浅茅原朝わけゆかむ思ふ方には

302

晴るるかと思へばくもる秋の空うき世の人の心知れとや

303

たまほこの道のひとごとしをりせむまた来む秋は訪ね来むため

304

花の野にしをりやせましひさかたのまた来む秋はたづね来むため

305

手を折りてうち数ふればこの秋もすでに半ばを過ぎにけらしも

306

あまづたふ日にけに寒くなりにけりいざ帰りなむ幸くませ君

307

秋もややうらさびしくぞなりにけりいざ帰りなむ草の庵に

308

秋もやや衣手寒くなりにけり草の庵をいざとざしてむ

309

里子らの吹く笛竹もあはれきくもとより秋のしらべなりせば

310

虫は鳴く千草は咲きぬぬばたまの秋のゆふべの過ぐころもをし

311

思ふどち門田の畔に円居して夜は明かしなむ月の清きに

312

月よみの光を待ちてかへりませ山路は栗のいがの多きに

313

月読の光を待ちて帰りませ君が家路は遠からなくに

314

訪ふ人もなき山里に庵してひとりながむる月ぞわりなき

315

秋の夜の月の光のさやけさに辿りつつ来し君がとぼそに

316

風は清し月はさやけしいざともに踊り明かさむ老のなごりに

317

誰にしも浮世のほかと思ふらむ隈なき月の光(かげ)を眺めて

318

名にし負ふ今宵の月をわが庵に都の君のながむらむとは

319

旅衣さびしさ深き山里に雲居同じき月を見るかな

320

草枕ねざめさびしき山里に雲居おなじき月を見るかも

321

越の空も同じ光のつきかげをあはれと見るや武蔵野の原

322

古里をはるばる出でて武蔵野の隈なき月をひとり見るかな

323

古里のこと思ひ出でてや君はしも有明の浦に月や見るらむ

324

つれづれに月をも知らで更科や姨捨山もよそにながめて

325

ひさかたの雲のあなたに住む人は常にさやけき月を見るらむ

326

あしひきの黒坂山の木の間より洩り来る月をよるもすがら見む

327

柴の庵をうち出でて見ればみ林の梢洩り来る月の清さよ

328

住めばまた心おかれぬ宿もがな仮の篠屋の秋の夜の月

329

ひさかたの月の光のきよければ照らし貫きけり唐も大和も

330

しろたへの衣手寒し秋の夜の月中空に澄みわたるかも

331

うばたまの夜の闇路に迷ひけりあかたの山に入る月を見て

332

草むらのたみちに何か迷ふらむ月は清くも山の峰にかかる

333

浮草の生ふるみぎは月かげのありとはここに誰か知るらむ

334

しばらくはここにとまらむひさかたの後には月の出でむとおもへば

335

秋の野の花の錦の露けしやうらやましくも宿る月影

336

あしひきの国上の山の松かげにあらはれいづる月のさやけさ

337

わが宿ののきばにうゑし芭蕉葉に月はうつりぬ夜は更けぬらし

338

降る月に月の桂も染まるやと仰げば高し長月の空

339

うち群れて都の月を見つれどもなれにし鄙ぞこひしかりける

340

さむしろに衣かたしきぬばたまのさ夜ふけ方の月を見るかも

341

ささの葉にふるやあられのふるさとの宿にもこよひ月を見るらむ

342

小鳥のねぐらにとまる声ならで月見る友もあらぬ山住み

343

わたつみの青海原はひさかたの月のみ渡るところなりけり

344

鳰の海照る月かげの隈なくば八つの名どころ一目にも見む

345

えにしあれば二歳つづきこの殿に名だたる月を眺むらむとは

346

幾人かいも寝ざるらむあしひきの山の端いづる月を見むとて

347

あたら身を翁がにへとなしけりな今のうつつにきくがともしさ

348

あきの夜の月の光を見る毎に心もしぬにいにしへおもほゆ

349

あまのはらとわたる月かげ見れば心もしぬにいにしへおもほゆ

350

ますかがみとぎし心は語りつぎいひつぎしのべよろづよまでに

351

虫は鳴き千草は咲きぬこの庵を今宵は借らむ月出づるまで

352

君まさば賞でて見るらしこの頃は手向くる花も露ばかりにて

353

萩が上におく白露の玉ならば衣のうらにかけて行かまし

354

秋の野の尾花に置ける白つゆは玉かとのみぞあやまたれける

355

秋の野の草葉の露を玉と見て取らむとすればかつ消えにけり

356

風になびく尾花が上におく露の玉と見しまにかつ消えにけり

357

白露に咲きたる花を手折るとて秋の山路にこの日くらしつ

358

露はおきぬ山路は寒し立酒を食して帰らむけだしいかがあらむ

359

秋の野の草むら毎におく露は夜もすがら鳴く虫の涙か

360

なほざりにわが来しものを秋の野の花に心をつくしつるかも

361

秋日和染むる花野にまとゐして蝶も共寝の夢を結ばむ

362

秋の野の小野をわけつつわがゆけば千草の露に袖ぞぬれける

363

秋山に咲きたる花を数へつつこれのとぼそに辿り来にけり

364

秋の野に咲きたる花を数へつつ君が家べに来りぬるかも

365

秋の野に千草ながらにあだなるを心にそみて何ぞ思ひける

366

百草の千草ながらにあだなれど心にしみてなぞ思ひける

367

秋の野の千草ながらに手折りなむけふのひと日は暮れは暮るとも

368

秋の野に草葉おしなみ来しわれを人なとがめそ香にはしむとも

369

つゆじもにそめて来ぬらむ墨衣色にこそ出でねうるほひにけり

370

秋の野をわがわけ来れば朝露にぬれつつ立てりをみなへしの花

371

秋山をわが越え来れば朝霧にぬれつつ立てりをみなへしの花

372

をみなへし紫苑なでしこ咲きにけりけさの朝けの露にきほひて

373

秋の野ににほひて咲ける藤袴折りておくらむその人なしに

374

白つゆにみだれて咲ける女郎花摘みておくらむその人なしに

375

白つゆにきほうて咲ける藤袴つみておくらむその人や誰

376

去年の秋うつして植ゑし藤袴このしらつゆにさかりなりけり

377

やさしくも来ませるものよなでしこの秋の山路をたどりたどりて

378

秋の野の尾花にまじるをみなへし月の光にうつしても見む

379

をみなへし多かる野べに標(しめ)やせむけだし秋風よきて吹くかと

380

もろともに踊り明かしぬ秋の夜を身にいたづきのゐるも知らずて

381

いざ歌へわれ立ち舞はむぬばたまのこよひの月にい寝らるべしや

382

またも来よ山の庵をいとはずばすすき尾花の露をわけわけ

383

またも君柴のいほりをいとはずばすすき尾花の露をわけて訪ひませ

384

またも来よ草の庵を忘れずばすすき尾花の露をわけわけ

385

この岡の秋のすすき手折りてむわが衣でに露はしむとも

386

この岡の秋萩すすき手折りもて三世の仏にたてまつらばや

387

わが宿の垣根にうゑし萩すすき道もなきまでしげりあひけり

388

秋風の尾花咲きし夕暮れは渚に寄する浪かとぞ思ふ

389

秋風になびく山路のすすきの穂見つつ来にけり君が家べに

390

秋風に露はこぼれて花すすきみだるる方に月ぞいざよふ

391

秋の日に光りかがやく花すすきここのお庭に立たして見れば

392

秋の日に光りかがやく薄の穂これの高屋にのぼりてみれば

393

あしひきの山のたをりにうちなびく尾花手折りて君が家べに

394

み山べの山のたをりにうちなびく尾花ながめてたどりつつ来し

395

ゆきかへり見れどもあかずわが庵の薄がうへにおける白露

396

ねもごろにわれを招くかはたすすき花の盛りにあへらく思へば

397

秋の野の薄かるかや藤袴君には見せつ散らば散るとも

398

わが庵の垣根に植ゑし八千草の花もこのごろ咲きそめにけり

399

わが宿のまがきがもとの菊の花この頃もはや咲きやしぬらむ

400

わたつみの浪か寄すると見るまでに枝もたわわに咲ける白菊

401

いつまでもわが忘れめや長月の菊のさかりに訪ねあひしを

402

わが待ちし秋は来にけりつきくさのやすの川原に咲きゆく見れば

403

こぞの秋あひ見しままにこの夕べ見ればめづらし月ひとをとこ

404

み草刈り庵結ばむひさかたの天の川原の橋の東に

405

我が宿をいづくと問はば答ふべし天の川原のはしの東と

406

ねもごろにたづねてみませひさかたの天の川原はいづこなるかと

407

天の川川べの堰や切れぬらしことしの年は降り暮らしつつ

408

を止みなく雨は降り来ぬひさかたの天の川原の堰や崩ゆらに

409

天の川やすのわたりは近かけれど逢ふよしはなし秋にしあらねば

410

ひさかたのたなばたつめは今もかも天の川原に出で立たすらし

411

いまもかもたなばたつめはひさかたの天の川原に出でて立つらし

412

白妙の袖ふりはへてたなばたの天の川原に今ぞ立つらし

413

秋風に赤裳の裾ひるがへし妹か待つらむ安のわたりに

414

待つといへばあやしきものぞけふの日の千とせのごともおもほゆるかな

415

いましばし川の向ひの水岸へ妹出て待たむ早く漕ぎ出な

416

ひさかたの天の川原の渡し守はや船出せよ夜の更けぬ間に

417

わたし守はや船出せよぬばたまの夜霧はたちぬ川の瀬毎に

418

ひさかたの天の川原のわたし守川波高し心せよかし

419

秋風を待てば苦しも川の瀬にうち橋渡せその川の瀬に

420

恋ふる日はあまたありけり逢ふといへばそこぞともなく明けにけるかも

421

いかならむえにしなればか棚機の一夜限りて契りそめけむ

422

人の世は憂しと思へどたなばたのためにはいかに契りおきけむ

423

臥して思ひ起きてながむるたなばたの如何なる事の契りをかする

424

ひさかたの天の川原のたなばたも年に一度は逢ふてふものを

425

このゆふべをちこち虫の音すなり秋は近くもなりにけらしも

426

このゆふべ秋は来ぬらしわが宿の草のま垣に虫の鳴くなる

427

今よりは千草は植ゑじきりぎりす汝が鳴く声のいとものうきに

428

思ひつつ来てぞ聞きつる今宵しも声をつくして鳴けきりぎりす

429

秋風の日に日に寒くなるなべにともしくなりぬきりぎりすの声

430

わが園の垣根の小萩散りはてていとあはれさをなくきりぎりす

431

しきたへのの枕去らずてきりぎりす夜もすがら鳴く枕去らずて

432

いざさらば涙くらべむきりぎりすかごとを音には立ててなかねど

433

いとどしく鳴くものにかもきりぎりすひとり寝る夜のいねられなくに

434

音にのみ鳴かぬ夜はなし鈴虫のありし昔の秋を思ひて

435

秋の野にだれ聞けとてかよもすがら声ふり立てて鈴虫の鳴く

436

秋風の夜毎に寒くなるなべに枯野に残る鈴虫のこゑ

437

わが待ちし秋は来ぬらし今宵しもいとひき虫の鳴きそめにけり

438

わが待ちし秋は来ぬらしこのゆふべ草むらごとに虫の声する

439

ともしびの消えていづこへゆくやらむ草むらごとに虫の声する

440

わが待ちし秋は来にけりたかさごの峰の上にひびくひぐらしの声

441

今よりはつぎて夜寒になりぬらしつづれさせてふ虫の声する

442

秋もやや衣手さむくなりにけりつづれさせてふ虫の告ぐれば

443

秋もやや夜寒になりぬわが門につづれさせてふ虫の声する

444

わが庵は君が裏畑夕さればまがきにすだく虫のこゑこゑ

445

ぬばたまの夜は更けぬらし虫の音もわが衣手もうたて露けき

446

あはれさはいつはあれども秋の夜の虫の鳴く音に八千草の花

447

いつはとは時はあれども淋しさは虫の鳴く根に野べの草花

448

あまづたふ日は夕べなり虫は鳴くいざ宿借らむ君がいほりに

449

夕されば虫の音ききに来ませ君秋野の野らと名のるわが宿

450

心あらば虫の音聞きに来ませ君秋野のかどを名のるわが宿

451

虫の音も残りすくなになりにけりよなよな風のさむくしなれば

452

肌寒み秋も暮れぬと思ふかなこのごろ絶えて虫の音もなし

453

仇寒み秋もくれぬと思ふかな虫の音もかる時雨する夜は

454

秋の野の萩の初花咲きにけり峰の上の鹿の声待ちがてに

455

わが宿の秋萩の花咲きにけり峰の上の鹿は今か鳴くらむ

456

露ながら手折りてぞ来し萩の花いつか忘れむ君が心を

457

秋萩の枝もとををにおく露を消たずにあれや見む人のため

458

白露に咲きみだれたる萩が花錦を織れる心地こそすれ

459

飯乞ふとわれこの宿に過ぎしかば萩の盛りに逢ひにけらしも

460

飯乞ふとわれ来にけらしこの園の萩のさかりに逢ひにけるかも

461

飯乞ふとわが来てみれば萩の花みぎりしみみに咲きにけらしも

462

夕風になびくや園の萩が花なほも今宵の月にかざさむ

463

散りぬらば惜しくもあるか萩の花今宵の月にかざして行かむ

464

秋萩の花咲く頃は来て見ませ命またくば共にかざさむ

465

夢ならばさめても見まし萩の花今日のひと日は散らずやあらなむ

466

萩が花今盛りなりひさかたの雨は降るとも散らまくはゆめ

467

秋萩の花のさかりも過ぎにけり契りしこともまだ遂げなくに

468

秋風に散りみだれたる萩の花払はば惜しきものにぞありける

469

たまほこの道まどふまでに秋萩は散りにけるかも行く人なしに

470

いそのかみふる川のべの萩の花今宵の雨にうつろひぬべし

471

わが園に咲きみだれたる萩の花朝な夕なにうつろひにけり

472

白つゆは異(こと)におかぬをいかなればうすく濃く染む山のもみぢば

473

おく露に心はなきを紅葉ばのうすきも濃きもおのがまにまに

474

奥山に見捨ててかへる薄紅葉われを思はむ浅きこころを

475

あしひきの昨日のみ山のもみぢやもいとどうつくし君が言の葉

476

わが宿のまがきに植ゑし蔦かづら今日このごろは紅葉しぬらし

477

秋山は色づきぬらしこの頃の朝けの風のさむくなりせば

478

秋もやや衣手寒くなりにけり山の木の葉は色づきぬらむ

479

けさの朝わが疾くゆけばへびづかのおすはの森は色づきにけり

480

たまほこの道ゆきぶりの初もみぢ手折りかざして家づとにせむ

481

今よりはつぎて木々の葉色づかむたづさへて来よ一人二人を

482

緑なる一つ若葉と春は見し秋はいろいろにもみぢけるかも

483

あしひきの山のたよりの紅葉ばを手折りてぞ来し雨の晴れ間に

484

あしひきの山のたよりのもみぢ葉を手折らずに来て今はくやしき

485

あしひきの山の紅葉をかざしつつ遊ぶ今宵は百夜つぎ足せ

486

秋山をわが越えくればたまほこの道も照るまでもみぢしにけり

487

おく山の紅葉ふみわけ殊更に来ませる君をいかにとかせむ

488

わが宿をたづねて来ませあしひきの山の紅葉を手折りがてらに

489

わが園にかたへの紅葉誰待つと色さへ染まず霜はおけども

490

露霜にやしほそめたるもみぢ葉を折りてけるかも君待ちがてに

491

あしひきの山のもみぢはさすたけの君には見せつ散らばこそ散れ

492

音にきく樋曾の山べの紅葉見に今年はゆかむ老のなごりに

493

もみぢばの散らまく惜しみあしひきの木の下ごとに立ちつつもとな

494

秋山の紅葉は散りぬ家づとに子らが乞ひせば何をしてまし

495

秋山のもみぢ見がてらわが宿を訪ひにし人はおとづれもなし

496

紅葉ばの降りに降りしく宿なれば訪ひ来む人も道まどふらし

497

もみぢ葉は散りはするとも谷川に影だに残せ秋のかたみに

498

うちつけに散りなば惜しき紅葉ばを見つつしのばむ秋のかたみに

499

やり水のこの頃音きこえぬは山の紅葉の散りつもるらし

500

ひさかたの時雨の雨の間なく降れば峰のもみぢ葉散りすぎにけり

501

あしひきの山のもみぢ葉散りすぎてうらさびしくもなりにけるかな

502

十日あまり早くありせばあしひきの山のもみぢを見せましものを

503

もみぢばの散りにし人のおもかげを忘れで君が問ふぞうれしき

504

秋山の紅葉はすぎぬ今よりは何によそへて君をしのばむ

505

をちこちの山のもみぢ葉散りすぎて空にさみしくぞなりにけらしも

506

此山のもみぢも今日は限りかな君しかへらば色はあらまし

507

もみぢ葉の散る山里はききわかぬ時雨する日もしぐれせぬ日も

508

木の葉散る森の下屋は聞きわかぬ時雨する日もしぐれせぬ日も

509

山里はうらさびしくぞなりにける木々の梢の散りゆく見れば

510

ひさかたの降り来る雨か谷の音か夜のあらしに散るもみぢばか

511

夕暮に国上の山を越え来れば衣手寒し木の葉散りつつ

512

墨染の衣手寒し秋風に木の葉散り来るゆふぐれの空

513

うべしこそ鹿ぞ鳴くなるあしひきの山のもみぢ葉色づきにけり

514

今日もかも向ひの岡にさを鹿のしぐれの雨にぬれつつ立たむ

515

憂きわれをいかにせよとかわかくさの妻呼びたててさを鹿鳴くも

516

このくれのものがなしきにわかくさの妻よびたててさをしか鳴くも

517

秋さらばたづねて来ませわが庵を峰の上の鹿の声ききがてら

518

秋萩の散りのまがひにさを鹿の声の限りをふりたてて鳴く

519

このゆふべねざめて聞けばさを鹿の声の限りをふりたてて鳴く

520

さ夜ふけて聞けば高嶺にさを鹿の声の限りをふりたてて鳴く

521

この頃のねざめに聞けばたかさごの峯の上にひびくさを鹿の声

522

さ夜ふけて高嶺の鹿の声きけば寝ざめさびしく物や思はる

523

永き夜にねざめてきけばひさかたの時雨ののさそふさを鹿の声

524

夕月夜ひとりとぼそに聞きぬれば時雨にさそふさを鹿の声

525

秋もやや残り少なになりぬれば峰の上とよもすさを鹿の声

526

秋もやや残り少なになりぬれば夜な夜な恋ひしさを鹿の声

527

夕暮れに国上の山を越えくればたかねに鹿の声を聞きけり

528

たそがれに国上の山を越えくれば高嶺に鹿の声ぞ聞こゆる

529

百草の乱れて咲ける秋の野にしがらみふせてさを鹿の鳴く

530

秋萩の散りもすぎなばさを鹿のふしど荒れぬと思ふらむかも

531

草花の盛りすぎなばさを鹿の臥処荒れぬと思ふらむかも

532

宵やみに道やまどへるさを鹿のこの岡をしも過ぎがてに鳴く

533

夜もすがら寝ざめて聞けば雁がねの天つ雲居を鳴きわたるかな

534

今夜しも寝ざめにきけば天つ雁雲居はるかにうちつれてゆく

535

友呼ばふ門田の雁の声きけばひとりや淋しものや思はる

536

月夜善み門田の田居に出て見れば遠山もとに霧たちわたる

537

夕霧にをちの里べはうづもれぬ杉立つ宿にかへるさの道

538

うがたきてしめり避きませあしひきのみ山はさらに霧のふかきに

539

もたらしの園生の木の実めづらしみ三世の仏にまづ奉る

540

行く秋のあはれを誰に語らましあかざ籠に満てかへるふゆぐれ

541

なほざりに日を暮らしつつあらたまの今年の秋も暮らしつるかも

542

あしひきの山田のくろに鳴く鴨の声聞く時ぞ秋は暮れける


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