良寛様全歌集 春の部

打つべし。打つべし。般若心経書き写す如く。詩歌がうまくなりますように。    小山宗太郎

番号


春の部短歌(吉野秀雄「良寛歌集」参考)

001

この宮の宮のみ坂に出で立てばみ雪降りけりいつ樫がうへに

002

あめがしたのどけき御代のはじめとて今日を祝はぬ人はあらじな

003

あづさ弓真弓破魔弓しらま弓春のはじめの君が言の葉

004

天が下にみつる玉より黄金より春の初めの君がおとづれ

005

あらたまの年のうちより待ちまちて今はあひ見て何か思はむ

006

いづくより春は来ぬらむ柴の戸にいざ立ち出でてあくるまで見む

007

月雪はいつはあれどもぬばたまのけふの今宵になほ如かずけり

008

埋火に手たづさはりて数ふればむ月もすでに暮れにけるかな

009

ひさかたの雲居をわたる雁がねも羽白妙に雪や降るらむ

010

雪の夜にねざめて聞けば雁がねも天つみ空をなづみつつゆく

011

きさらぎに雪に隙なく降ることはたまたま来ます君やらじとか

012

いづこより夜のゆめぢを辿り来しみ山はいまだ雪の深きに

013

春になりて日数もいまだたたなくに軒の氷のとくる音して

014

春ごとに君がたまひし雪海苔を今より後は誰か給はむ

015

ちんばそに酒に山葵に給はるは春はさびしくあらせじとなり

016

梅の花散るかとばかり見るまでに降るはたまらぬ春のあわ雪

017

あづさゆみ春さりくればみ空より降り来る雪も花とこそ見め

018

春されば梅の梢に降る雪を花と見ながらかつ過ぎにけり

019

降り積みし高嶺のみ雪それながら天つみ空は霞みそめけり

020

雪どけに御坂を越さば心してたどり超してよその山坂を

021

み山べのみ雪にとけなば谷川によどめる水はあらじとぞ思ふ

022

ひさかたの空よりわたる春の日はいかにのどけきものにぞありける

023

峰の雲谷の霞もたち去りて春日に向ふ心地こそすれ

024

うちわびて草の庵を出てみれば遠の山べは霞たなびく

025

春がすみ立ちにし日より山川に心は遠くなりにけるかな

026

わが宿の軒端に春のたちしより心は野べありにけるかな

027

うぐいすの初音は今日はとわがいへばきのふといふぞくやしき

028

鶯もいまだ鳴かねばみ園生の梅も咲かぬに我は来にけり

029

降る雪に年をまがひて梅咲きぬ香さへ散らずば人知るらめや

030

この頃のひと日ふた日にわが宿の軒ばの梅も色づきにけり

031

いろも香も昔の春に咲きつれどあひ見し人はこよひあらなくに

032

そのかみは酒に浮けつる梅の花土に落ちけりいたづらにして

033

春風に軒ばの梅はやや咲かむこよひの月夜君と共にせむ

034

ことさらに来しくもしるしこの園の梅のさかりにあひにけるかも

035

この宿に来しくもしるし梅の花今日はあひ見て散らば散るとも

036

おしなべて緑にかすむ木の間よりほのかに見るは梅の花かも

037

あしひきのこの山里の夕月夜ほのかに見るは梅の花かも

038

うちつてに折らば折りてむ梅の花わが待つ君はこよひ来なくに

039

梅の花いまさかりなりぬばたまのこよひの夜の過ぐらくも惜し

040

梅の花いま盛りなりひさかたのこよひの月に折りてかざさむ

041

月かげの清きゆふべに梅の花折りてかざさむよき夕べに

042

梅の花折りてかざしてかみ古りにしことをしぬびつるかも

043

梅の花こよひの月にかざしてば春は過ぐとも何か思はむ

044

霞立つながき春日をこの宿に梅の花見て暮らしつるかも

045

この園の梅のさかりになりにけりわが老いらくの時に当りて

046

梅の花老が心をなぐさめよ昔の友は今あらなくに

047

梅が香をぬのの衣につつみてば春は過ぐとも形見ならなむ

048

この園に散り来る梅を袖にうけてあそびて後は花は散るとも

049

ぬばたまの夜のふけゆけばしきたへのわが手枕に匂ふ梅が香

050

我が園の梅のひとふさ残りけり春の名残をあはれめよ君

051

難波津のよしや世の中梅の花昔を今にうつし見るかな

052

あらたまの年は消えゆき年は経ぬ花ぬす人は昔となりぬ

053

ひめもすに待てど来ずけり鶯も赤き白きの梅は咲けども

054

いざわれも憂き世の中に交りなむ去年の古巣を今日立ち出でて

055

今よりは野にも山にもまじりなむ老のあゆみの行くにまかせて

056

鳥はなく木木の梢に花は咲くわれもうき世にいざ交りなむ

057

鶯のこの春ばかり来ぬことはこぞのさわぎにみまかりぬらし

058

世の中を憂しと思ひて鶯はとこ世の国につれて去ぬらむ

059

鶯にたのみは早く移してきみ園さびしく荒れし時より

060

鶯の声を聞きつるあしたより春の心になりにけるかも

061

たきぎこりこの山かげに斧とりていく度かきくうぐいすの声

062

うちなびき春は来にけむわが園の梅の林に鶯ぞ鳴く

063

うぐいすのたえてこの世になかりせば春の心はいかにあらまし

064

鶯はいかに契れる年のはに来居て鳴きつる宿の梅が枝

065

梅が枝に花ふみ散らす鶯の鳴く声きけば春かたまけぬ

066

心あらば尋ねて来ませ鶯の木伝ひ散らす梅の花見に

067

霞立つ永き春日に鶯の鳴く声きけば心はなぎぬ

068

梅の花散らば惜しけむ鶯の声のかぎりはこの園に鳴け

069

風ふかばいかにせむとか鶯の梅のほつえを木伝ひて鳴く

070

まがき越し庭に羽ぶりて鶏は鳴くわれ鶯に劣らましやと

071

手を折りてかき数ふればあづさゆみ春は半ばになりにけるかな

072

および折りうち数ふればきさらぎも夢の如くに過ぎにけらしも

073

何ごとも移りのみゆく世の中に花は昔の春にかはらず

074

花咲けば待つには久しひさかたの雪ふみわけてわが出でて来し

075

えにしあればまたこの館につどひける花の紐とくきさらぎの宵

076

小山田の山田の桜見む日にはひと枝をおくれ風のたよりに

077

われはもよ斎ひて居らむ平らけく小山田桜見て帰りませ

078

命あらばまたの春べにたづね来む山の桜をながめがてらに

079

いのちあらばまたの春べに来ゐて見む眺めも飽かぬ山の桜を

080

いざ子ども山べにゆかむ桜見に明日ともいはば散りもこそせめ

081

さきくてよしほのり坂を越えて来む山の桜の花のさかりに

082

さきくてよ塩法の坂越えて来む木木の梢に花咲く頃は

083

ひさかたののどけき空に酔ひ臥せば夢も妙なり花の木の下

084

おほけなく法の衣を身にまとひすわりてみたり山桜かな

085

ひさかたのあまぎる雲と見るまでに降るは桜の花にぞありける

086

春はまた浮世の外や山桜もののあはれは秋にこそあれ

087

桜ばな花のさかりは過ぐれども継ぎて聞かなむ山時鳥

088

あしひきの山の桜はうつろひぬ次ぎて咲きこせ山吹の花

089

霞立つ永き春日は色くはし桜の花の空に散りつつ

090

かぐはしき桜の花の空に散る春のゆふべは暮れずもあらなむ

091

山里に桜かざして思ふどち遊ぶ春日はくれずともよし

092

わが宿の軒端の峰を見わたせば霞に散れる山ざくらかな

093

下よりも上の高嶺をながむれば霞のうちにやどるを桜

094

契りてしあふぎが岡の桜ばなわが来むまでは散りこすなゆめ

095

見ても知れいづれこの世は常ならぬ後れ先だち花も残らじ

096

見ても知れいづれこの世は常ならぬ遅く疾く散る花の梢を

097

かりそめにわが来しかどもこの園の花に心を移しつるかも

098

たまきはる命死なねばこの園の花咲く春に逢ひにけらしも

099

すめらぎの千代万代の御代なれや花の都に言の葉もなし

100

手折り来し花の色香はうすくともあはれみたまへ心ばかりは

101

あだ人の心はしらずおほよその花におくれて散りやしぬると

102

うつそみの人もすさめぬ深山木も春には花の咲くてふものを

103

花は散る訪ふ人はなし今よりは八重葎のみ生えしげるらむ

104

いかなれば同じ一つに咲く花の濃くも薄くも色を分くらむ

105

この里の桃のさかりに来て見れば流れに映る花のくれなゐ

106

松の尾の葉広のつばき椿見にいつか行かなむその椿見に

107

あしひきの片山かげの夕月夜ほのかに見ゆる山梨の花

108

春雨のわけてそれとは降らねどもうくる草木のおのがまにまに

109

ひさかたの雲居の上に鳴く雲雀今は春べと籠ぬちに鳴く

110

春の野に若菜摘みつつ雉子の声きけば昔の思ほゆらくに

111

はふつたの別れし暮れはさのつ鳥同じ思ひの音をや鳴くらむ

112

あしひきの青山越えてわが来れば雉子鳴くなりその山もとに

113

きぎすなく焼野のを野の古を道もとの心を知る人ぞなき

114

山吹の花のさかりは過ぎにけり古里人を待つとせし間に

115

山吹の花を手折りて思ふどちかざす春日は暮れずともがな

116

蛙鳴く野べの山吹手折りつつ酒に浮かべて楽しきをへめ

117

あしひきの国上の山の山吹の花の盛りに訪ひし君はも

118

山吹の千重を八千重に重ぬともこのひと花のひとへに如かず

119

わが宿にひと本植ゑし菫草今は春べと咲きそめぬらむ

120

いざ子ども山辺に行かむ菫見に明日さへ散らば如何にとかせむ

121

子どもらよいざ出でゆかむ伊夜日子の岡の菫の花にほひ見に

122

いそのかみ去年の古野の菫草いまは春べと咲きにけるかな

123

春の野に咲けるすみれを手につみてわが古里を思ほゆるかな

124

つぼすみれ咲くなる野辺に鳴く雲雀聞けども飽かず永き春日に

125

道のべにすみれつみつつ鉢の子をわが忘るれど取る人もなし

126

道のべに菫つみつつ鉢の子を忘れてぞ来しあはれ鉢の子

127

菫草咲きたる野べに宿りせむわが衣手に染まばしむとも

128

鉢の子に菫たんぽぽこきまぜて三世の仏にたてまつりてむ

129

飯乞ふとわが来しかども春の野に菫つみつつ時を経にけり

130

しきたへの袖ふりはへて春の野に菫をつみしこともありしか

131

あづさゆみ春はそれともわかぬまに野べの若草染め出づるなり

132

ひさかたの雪解の水に濡れにつつ春のものとて摘みて来にけり

133

わがためと君がつみてし初若菜見れば雪間に春ぞ知らるる

134

朝菜つむ賤が門田の田のあぜにちきり鳴くなり春にはなりぬ

135

国上山雪ふみわけて来しかども若菜つむべく身はなりにけり

136

しづが家の垣根に春のたちしより若菜つまむとしめぬ日ぞなき

137

春の野に若菜つまむとさすたけの君がいひにしことはわすれず

138

今日もかも子らがありせばたづさへて野べの若菜を摘まましものを

139

ゆくりなくわれ来にけらし春の野の若菜つみつつ君が家べに

140

わが命さきくてあらば春の野の若菜つみつみ行きてあひ見む

141

子どもらと手たづさはりて春の野に若菜をつめばたぬしくあるかな

142

月よめばすでにやよひとなりにけり野べの若菜もつまずありにし

143

春の野に若菜つめどもさすたけの君とつまねば籠にみたなくに

144

去年の秋虫の音聞きに来し野べに若菜つみつつ帰る今日かも

145

春の野の若菜つむとて塩法の坂のこなたにこの日暮らしつ

146

さすたけの君がみためとひさかたの雨間に出でてつみし芹ぞこれ

147

春の野に行きて来れば草枕誰か貸さなむわれむつまじみ

148

風さそふ柳のもとにまとゐして遊ぶ春日は心のどけし

149

春風の柳のもとにまとゐして遊ぶ今日しも心のどけき

150

この園の柳のもとにまとゐして遊ぶこの日は楽しきをへめ

151

山すげのねもころごろに今日の日を引きとどめなむ青柳のいと

152

さやぎあるはかた柳の緑さへ色うれはしく見えわたるかも

153

山吹の花のさかりにわが来れば蛙なくなりこの川のべに

154

春と秋いづれ恋ひぬとあらねどもかはづ鳴くころ山吹の花

155

を山田の門田の田居になくかはづ声なつかしきこのゆふべかも

156

草の庵に足さしのべて小山田の山田のかはづ聞くがたのしさ

157

草のいほに足さしのべて山田のかはづの声を聞かくしよしも

158

あしひきの山田の田居に鳴くかはづ声のはるけきこのゆふべかも

159

あしひきの山田の原にかはづ鳴くひとり寝る夜のいねらえなくに

160

春雨の降りしゆふべは小山田に蛙鳴くなり声めづらしも

161

百鳥の鳴くわが里はいつしかも蛙の声となりにけるかな

162

この宮の森の木下に子供らとあそぶ春日になりにけらしも

163

この宮の森の木下に子供らと手鞠つきつつ暮らしぬるかな

164

この里に手鞠つきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし

165

子供らと手鞠つきつつこの里にあそぶ春日は暮れずともよし

166

この宮の森の木したに子供らとあそぶ春日は暮れずともよし

167

霞立つ永き春日に子供らと遊ぶ春日はたのしくあるかな

168

霞立つながき春日に子供らと手鞠つきつつこの日暮らしつ

169

あづさゆみ春の山べに子どもらとつみしかたこを食べばいかがあらむ

170

春の野のかすめる中をわが来れば遠方里に駒ぞいななく

171

あしひきの峯の上に立てる松柏今は春べとうちかすみけり

172

佐渡が島山は霞の眉引きて夕日まばゆき春の海原

173

春の日に海のおもてを見渡せばかすみに見ゆる海士の釣船

174

ながむれば名もおろしろし和歌の浦心なぎさの春にあそばむ

175

ひさかたの春日にめでる藻塩草かきぞあつむる和歌の浦曲は

176

伊勢の海浪しづかなる春に来て昔のことを聞かましものを

177

春の夜のおぼろ月夜のひと時に誰かさかしらに値ひつけけむ

178

みづかはしわがとめゆけばあづさゆみ春の野末にうかぶかげろふ

179

ももちどり鳴くやみ山も春の来て心そらなる四方の眺めや

180

百鳥の木伝ひて鳴く今日しもぞ更にや飲まむ一つきの酒

181

むらぎもの心楽しも春の日に鳥のむらがり遊ぶを見れば

182

むらぎもの心はなぎぬ永き日にこれのみ園の林を見れば

183

この宮のみ坂に見れば藤なみの花のさかりになりにけるかも

184

 

ふぢなみの花はさかりとなりなめどしたくだちゆくわが齢かも

185

あしひきの四方の山べにはた馳せむ春の心ぞおきどころなき

186

歌もよまむ手鞠もつかむ野に出でむ心ひとつを定めかねつも

187

春の日のはやも暮れなばさすたけの君は去なむといはましものを

188

山住みのあはれを誰に語らましあかざ籠に入れかへるゆふぐれ

189

思ほえずおくれ先だつ世の中をなげきや果てむ春は経ぬとも

190

あしひきの山べに住めばすべをなみしきみ摘みつつこの日暮らしつ

191

あしひきの山の樒(しきみ)や恋ひくらしわれも昔の思ほゆるらむ

192

円居していざ明かしてむあづさゆみ春はこよひを限りと思へば

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