良寛様全歌集 冬の部

打つべし。打つべし。般若心経書き写す如く。    小山宗太郎

番号


冬の部短歌(吉野秀雄「良寛歌集」参考)

543

越に来てまだ越なれぬわれなれやうたて寒さの肌にせちなる

544

来てみればわが古里は荒れにけり庭もまがきも落葉のみして

545

乙宮の杉のかげ道ふみわけて落葉ひろうてこの日暮らしつ

546

人間はば乙子の森の木の下に落葉ひろうて居ると答へよ

547

冬がれのすすき尾花をしるべにて尋めて来にけり柴の庵に

548

木の葉のみ散りにちりしく宿なればまた来む折は心せよ君

549

あしひきの山田の田居に鳴く鴨の声きく時ぞ冬は来にける

550

夜をさむみ門田の畔に居る鴨のいねがてにする頃にぞありける

551

わが門の刈田のおもにゐる鴨はこよひの雪にいかがあるらむ

552

さ夜更けて門田のくろに鳴く鴨の羽がひの上に霜やおくらむ

553

日は暮れて浜辺をゆけば千鳥鳴くどうとは知らず心細さよ

554

山里の草のいほりに来てみれば垣根に残るつはぶきの花

555

あしひきの国上の山の山畑に蒔きしおほねをあさず食せ君

556

うづみ火に足さしくべて臥せれどもこよひの寒さ腹にとほりぬ

557

山かげの草の庵はいとさむし柴をたきつつ夜を明かしてむ

558

世をそむく苔の衣はいとせまし柴を焼きつつ夜をあかしてむ

559

夜は寒し苔の衣はいとせましうき世の民に何を貸さまし

560

よもすがら草の庵に柴たきして語りしことはいつか忘れむ

561

草の庵にねざめて聞けばあしひきの岩根に落つる滝つ瀬の音

562

ひさかたの時雨の雨にそぼちつつ来ませる君をいかにしてまし

563

岩室の田中の松を今日見ればしぐれの雨にぬれつつ立てり

564

石瀬なる田中に立てる一つ松時雨の雨にぬれつつ立てり

565

いにしへを思へば夢かうつつかも夜はしぐれの雨を聴きつつ

566

水やくまむ薪や伐らむ朝のしぐれの降らぬその間に

567

柴やこらむ清水や汲まむ菜やつまむ時雨のあめの降らぬまぎれに

568

飯乞はむ真柴やこらむ苔清水時雨の雨の降らぬ間に間に

569

この岡につま木こりてむひさかたのしぐれの雨の降らぬ間切れに

570

飯乞ふと里にも出でずこの頃はしぐれの雨の間なくし降れば

571

時雨の雨間なくし降ればわが宿は千千の木の葉にうづもれぬらむ

572

はらはらと降るは木の葉のしぐれにて雨をけさ聞く山里の庵

573

山おろしいたくな吹きそ墨染の衣かたしき旅寝せる夜は

574

草枕旅寝しつればぬばたまの夜半のあらしのうたて寒きに

575

誰が里に旅寝しつらむぬばたまの夜半のあらしのうたて寒きに

576

さ夜あらしいたくな吹きそらでだに草の庵のさびしきものを

577

谷の声峰の嵐をいとはずばかさねて辿れ杉のかげ道

578

松風かふりくる雨か谷の音か夜はあらしの風のふくかも

579

たまさかに来ませる君をさ夜嵐いたくな吹きそ来ませる君に

580

忘れてはわが住む庵と思ふかな杉のあらしの絶えずし吹けば

581

みぞれ降る日も限りとて旅衣別るる袖をおくる浦風

582

さよ更けて風や霰の音聞けば昔恋しうものや思はる

583

さ夜更けて風や霞の音すなり今や御神の出で立たすらし

584

草の庵にねざめて聞けばひさかたの霰とばしる呉竹の上に

585

夜もすがら草のいほりにわれをれば杉の葉しぬぎ霰降るなり

586

おく山の杉の板屋に霰ふりあらたどたどしあはぬこの頃

587

雨あられちりぢりぬるる旅衣人毎にとりて干しあへるかも

588

ひさかたの雪気の風はなほ寒し苔の衣に下がさねせむ

589

いかにして君いますらむこの頃は雪気の風の日日にさむきに

590

わが宿のすすきが上の白雲は千とせ見れば飽くこともあらむ

591

心なきものにもあるか白雪は君が来る日に降るべきものか

592

風まぜに雪は降りけりいづくよりわがかへるさの道もなきまで

593

今よりはつぎて白雪降りぬべし衣手寒しけさのあしたは

594

今よりは古里の音もあらじ嶺にも峰(を)にも積る白雪

595

今よりはつぎて白雪つもらまし道ふみわけて誰が訪ふべき

596

今よりは往き来の人も絶えぬべし日に日に雪の降るばかりして

597

白雪の日毎に降ればわが宿はだつぬる人のあとさへぞなき

598

君来ませ雪は降るとも跡とめむ国上の山の杉の下道

599

ひさかたの天霧る雪のある日には杉の下庵思ひやれ君

600

ひさかたの雪踏みわけて来ませ君柴の庵にひと夜語らむ

601

軒も庭も降り埋めける雪のうちにいやめづらしき人のおとづれ

602

白雪は幾重も積れもろこしのむろの高嶺をうつさむとぞ思ふ

603

かきくらし降る白雪を見るごとにむろのたかねの昔おもほゆ

604

おしなべて山にも野にも雪ふりぬ消えざるをりは粉に似てあるべし

605

飯乞ふと里にも出でずなりにけり昨日も今日も雪の降れれば

606

さ夜更けて高ねのみ雪つもるらし岩間にたぎつ音だにもなし

607

このゆふべ岩間の滝津音せぬは高嶺のみ雪ふりつもるらし

608

埋み火もややしたしくぞなりにける遠の山べに雪やふるらむ

609

山かげのまきの板屋に音はせねども雪のふる夜は寒くこそあれ

610

山かげのまきの板屋に音はせねど雪の降る日は空にしるけり

611

み雪ふる片山かげの夕暮は心さへにぞ消えぬべらなり

612

わが宿の浅茅おしなみふる雪の消なばけぬべきわがおもひかな

613

み山びの雪ふりつもる夕ぐれはわが心さへ消ぬべくおもほゆ

614

白雪は千重に降りしけわが門にずきにし子らが来るといはなくに

615

ひさかたの雪野に立てる白鷺はおのが姿に身をかくしつつ

616

柴の戸の冬のゆふべのさびしさをうき世の人にいかでかたらむ

617

山住みの冬のゆうべのさびしさをうき世の人は何と語らむ

618

沓なくて里へも出でずなりにけりおぼしめしませ山住みの身を

619

わが宿は越のしら山冬ごもり往き来の人のあとかたもなし

620

わが庵は国上山もと冬ごもり往き来の人のあとさへぞなき

621

わが宿は越の山もと冬ごもり氷も雪も雲のかかりて

622

み山びに冬ごもりする老の身を誰か訪はまし君ならずして

623

冬ながら世の春よりもしづけきは雪にうもれし越の山里

624

いと早き月日なりけりいと早く年は暮れけりわれ老いにけり

625

わが庵は山里遠くありぬれば訪ふ人はなし年はくれけり

626

むらぎもの心なかしもあらたまの今年の今日も暮れぬと思へば

627

世の中にかかはらぬ身と思へども暮るるは惜しきものにぞありける

628

惜しめども年は限りとなりにけりわが思ふことのいつか果てなむ

629

世の中はそなへとるらしわが庵は形を絵にかきて手向けこそすれ

630

今朝はしも押し来る水の氷れるにこの里びとも漕ぎぞわづらふ

631

この里は鴨着く島か冬されば往き来の道も舟ならずして

632

いかにせむ窪地の里の冬されば小舟もゆかず橇もゆかねば

633

冬の空結ぶ柳のいとながく千とせの春に逢ふを待たばや

634

今よりはいくつ寝ればか春来む月日数みつつ待たぬ日はなし

635

あづさゆみ春になりなば草の庵をとく訪ひてましあひたきものを

636

なにとなく心さやぎていねられずあしたは春のはじめとおもへば


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