良寛様全歌集 夏の部

打つべし。打つべし。般若心経書き写す如く。    小山宗太郎

番号


夏の部短歌(吉野秀雄「良寛歌集」参考)

193

ひさかたの雨の晴れ間に出でてみれば青みわたりぬ四方の山山

194

わりなくも思ふものから三日の夜の月とともにや出でてぞわが来し

195

卯の花の咲きのさかりは野積山雪をわけゆく心地こそすれ

196

山かげの垣根に咲ける卯の花は雪かとのみぞあやまたれける

197

待たれにし花はいつか散りすぎて山は青葉になりにけるかな

198

深見草今を盛りに咲きにけり手折るも惜しし手折らぬも惜し

199

手もすまに植ゑて育てし八千草は風の心に任せたりけり

200

わが宿に植ゑて育てし百くさは風の心に任すなりけり

201

八重葺かばまたもひまをば求めもせむみすずき川へもちて捨てませ

202

さすたけの君がたまひしさ百合根のそのさゆりねのあやにうましと

203

あさもよし君がたまへしさ百合根を植ゑてさへみしいやなつかしみ

204

かすみ立つ沖見の嶺(たうげ)岩つつじ誰が織りしそめし唐錦かも

205

夏衣裁ちて着ぬれどみ山べはいまだ春かもうぐひすの鳴く

206

ひとり寝る旅寝のゆかのあかときに帰れとや鳴く山時鳥

207

相連れて旅かしつらむほととぎす合歓の散るまで声のせざるは

208

夏山を越えて鳴くなるほととぎす声のはるけきこのゆふべかも

209

時鳥いたくな鳴きそさらでだに草の庵はさびしきものを

210

いづちへか鳴きて行くらむ時鳥さ夜ふけ方にかへるさの道

211

ほととぎすしきりに鳴くと人はいへどわれはきかずもなりにけるかも

212

旅人にこれを聞けとやほととぎす血に鳴く涙かわかざりけり

213

時鳥からくれなゐにふり出でてなくとも張りし真弓ゆるめな

214

時鳥汝がなく声をなつかしみこの日くらしつその山のべに

215

あしひきの国上の山の時鳥よそに聞くよりあはれなりけり

216

あしひきの国上の山を今もかも鳴きて越ゆらむ山ほととぎす

217

時鳥きかずなりけりこの頃は日にけにしげきことのまぎれに

218

しのび音をいづこの空にもらすらむ待つ間久しき山ほととぎす

219

ほととぎすわがごと山に羽振りてむ恋しきことに音づれはせよ

220

あしひきの国上の山を越え来れば山時鳥をちこちに鳴く

221

草の庵にひとりし寝ればさ夜更けて太田の森に鳴くほとどきす

222

水鳥の鴨の羽色の青山のこぬれ去らずて鳴くほとどきす

223

声さてて鳴れ時鳥ことさらにたづね来れる心知りなば

224

あしひきの国上の山の時鳥今をさかりとふりはへて鳴く

225

うき雲の身にしありせば時鳥しばなく頃はいづこに待たむ

226

国上山松風涼し越え来れば山時鳥をちこちに鳴く

227

国上山しげる梢の恋しとて鳴きて越ゆらむ山ほとどきす

228

世の中を憂しと思へば時鳥木がくれてのみ鳴きわたるなり

229

青山の木ぬれたちぐき時鳥鳴く声聞けば春はすぎけり

230

夏山をわが越え来れば時鳥こぬれたちぐき鳴き羽ぶく見ゆ

231

みよしのの山辺に住めばほととぎす木の間立ちぐき鳴かぬ日はなし

232

み山べを辿りつつ来し時鳥木の間立ちぐき鳴き羽振る見ゆ

233

ひさかたの雨につれつつ時鳥鳴く声聞けば昔おもほゆ

234

時鳥空ゆく声のなつかしみねさへうかれて昔おもはる

235

あさ夕になく郭公かずとめて風にたぐへてやらましものを

236

ほととぎすわが住む宿は多かれど今宵の蛙まづめづらしも

237

さ苗ひくをとめを見ればいそのかみ古りにし御代の思ほゆるかも

238

手もたゆく植うる山田のをとめ子がうたふ声さへややあはれなり

239

この頃はさ苗とるらしわが庵は形を絵にかき手向けこそすれ

240

苗苗とわが呼ぶ声は山こえて谷のすそこえ越後田植のうた

241

さ苗とる山田の小田のをとめ子がうちあぐるうたの声のはるけさ

242

ひさかたの雨もふらなむあしひきの山田の苗のかくるるまでに

243

あしひきの山田の爺がひねもすにいゆきかへらひ水運ぶ見ゆ

244

むらぎもの心を遺らむ方もなしいづこの里も水のさやぎに

245

われさへも心もとなし小山田の山田の苗のしをるるを見れば

246

ひさかたの雲のはたてをうち見つつ昨日も今日もくらしつるかも

247

わが心雲の上まで通ひなばいたらせたまへ天つ神ろぎ

248

鳴るかみの音もとどろにひさかたの雨は降り来ねわが思ふとに

249

ひさかたの雲ふき払へ天つ風うき世の民の心かよはば

250

君が田とわが田とならぶ畦ならぶわが田の水を君が田へ引く

251

五月雨の晴れ間に出でて眺むれば青田涼しく風わたるなり

252

五月の雨間なくし降ればたまぼこの道もなきまで千草はえけり

253

五月雨の雲間をわけてわが来れば経読鳥と人はいふらむ

254

わくらばに訪ふ人もなきわが宿は夏木立のみ生ひしげりつつ

255

夏草のしげりにしげるわが宿はかりとだにやも訪ふ人はなし

256

わくらばに人も訪ひ来る山里は梢に蝉の声ばかりして

257

わが庵は森の下庵いつとても青葉のみこそ生ひしげりつつ

258

わが庵は森のしたいほいつとても浅茅のみこそおひしげりつつ

259

この宿にわれ来てみれば夏木立しげりわたりぬ雨のとぎれに

260

よもぎのみしげりあひぬるわが宿はたづぬる人も道まよふらし

261

夏草は心のまにまにしげりけりわれいほりせむこれこの庵に

262

みあへするものこそなけれ小瓶なる蓮の花を見つつしのばせ

263

朝霧にきほひて咲けるはちすばの塵には染まぬ人のたふとさ

264

ちりひぢにしまひぬ蓮の色見ればもとのゑまひの思ほゆるかも

265

わが宿の池のはちすの白露にほそをならべて咲きにけらしも

266

あまのくむしほのり坂をうち越えてけふの暑さを来ます君はも

267

君ませば水無月の日もあしひきの山の高嶺にのぼりこそすれ

268

おしなべて緑にかすむ木の間よりほのかに見ゆる弓張の月

269

八木山の木かげ涼しく木を折るは神の恵みと今は思はむ

270

養老の滝の白玉とめおきて君が齢のありかずにせむ

271

天人の着るといふなる夏山のせみの羽衣いづこより得し

272

蝉の羽のうすき衣を着ませればかげたに見えてすずしくもあるか

273

着てみればいよよすずししさすたけの君が手染めの麻のさ衣

274

たまほこのきりの蔭道すずしきにわれ立ちにけりそのかげ道に

275

秋萩の咲くを遠みと夏草の露をわけわけ訪ひし君はも

276

萩の花咲けば遠みとふるさとの草の庵を出でし君はも

277

はぎかしは咲けば遠みとふるさとの草のいほりを出で来し君か

278

萩の花咲くらむ秋を遠みとて来ませる君が心うれしき

279

萩が咲くをとほみと古里の草のいほりを出でてこしわが

280

いとどしく老いにけらしもこの夏はわが身ひとつの寄せどころなき

281

あしひきのみ山の茂み恋ひつらしわれも昔の思ほゆらくに

282

いのちのまたくしあらば木の下にいほりしめてむまた来む夏は

283

朝夕の露のなさけの秋近み野べの撫子咲きそめにけり

284

この宿のひと本すすきなつかしみ穂に出る秋はとめてわが来む


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