良寛様全歌集 雑の部

打つべし。打つべし。般若心経書き写す如く。    小山宗太郎



雑の部短歌(吉野秀雄「良寛歌集」参考)

637

ふるさとへ行く人あらば言(こと)づてむ今日近江路をわれは越えにきと

638

浜風も心して吹けちはやふる神の社に宿りせし夜は

639

思ひきや道の芝草折りしきてこよひも同じ仮寝せむとは

640

紀の国の高野のおくの古寺に杉のしづくを聞きあかしつつ

641

こと更に深くな入りそ嵯峨の山たづねていなむ道の知れなくに

642

たかさごの峰上の鐘の声きけばけふのひと日は暮れにけるかも

643

旅衣野山をこえて足たゆく今日のひと日も暮れにけるかな

644

草枕夜毎にかはるやどりにも結ぶはおなじ古里のゆめ

645

津の国のなにはのことはいさ知らず木下宿に三人臥しけり

646

富士も見え筑波も見えて隅田川せぜの言の葉たづねても見む

647

言の葉もいかが書くべき雲霞晴れぬる今日の富士の高根に

648

都鳥隅田川原に汝住みてをちこち人に名や問はるらむ

649

よしや君いかなる旅の末にても忘れ給ふな人の情けを

650

ももつたふいかにしてまし草枕旅のいほりにあひし子らはも

651

夢の世にまた夢むすぶくさまくら寝覚めさびしくものおもふかな

652

福井なる矢たれの橋に来てみれば雨は降れれど日は照れれども

653

ゆくさくさ見れども飽かず石瀬なる田中に立てる一つ松かな

654

ゆくさくさ見れども飽かぬ岩室の田中に立てる一つ松あはれ

655

岩室の田中の松は待ちぬらしわれ待ちぬらし田中の松は

656

山かげの有磯の浪の立ちかへり見れども飽かぬ一つ松かも

657

松之尾の松の間を思ふどち歩きしことは今も忘れず

658

よろづよに仕へまつらむいやひこの杉の下道いゆきかへらひ

659

伊夜日子の杉のかげ道ふみわけてわれ来にけらしその蔭道を

660

八幡の森の木下に子供らと遊ぶ夕日の暮れ間惜しかな

661

籠田より村田の森を見渡せば幾代経ぬらむ神さびにけり

662

みはやしはいづくはあれど越路なる三島の里の出田(いづるた)の宮

663

木の間より角田の沖を見わたせば海士の焚く火の見えかくれつつ

664

浦浪の寄するなぎさを見わたせば末は雲居につづく海原

665

つれづれにながめくらしぬ古寺の軒ばをつたふ雨をききつつ

666

弥彦のを峯うち超すつづらをり十九や二十を限りとはして

667

ますらをや共泣きせじと思へどもけぶり見る時むせかへりつつ

668

もみぢ葉の先を争ふ世の中に何を憂しとて袖ぬらすらむ

669

十日余りいつかは来むと平坂を超ゆらむ子らが音づれもなし

670

おのが子ををしと思はばみたからをうちにはふらさずいつくしみませ

671

老い人は心よわきものぞみ心をなぐさめたまへ朝な夕なに

672

ひぐらしの鳴く夕方はわかれにし子のことのみぞ思ひ出でぬる

673

天雲のよそに見しさへかなしきにをしたらはせし父のみこはも

674

かからむとかねて知りせばたまほこの道ゆき皮脂に言伝てましを

675

この暮のうらがなしきに草枕旅のいほりに果てし君はも

676

子をもたぬ身こそなかなかうれしけれうつせみの世の人にくらべて

677

かいなでて負ひてひたして乳ふふめて今日は枯野におくるなりけり

678

み子のためにいとなるのりはしかすがにうき世の民に及ぶなりけり

679

ますかがみ手にとり持ちて今日の日もながめ暮らしつ影と姿と

680

わがごとやはかなきものはまたあらじと思へばいとどはかなかりけり

681

何ごともみな昔とぞなりにける花に涙をそそぐ今日かも

682

あづさゆみ春を春ともおもほえずすぎにし子らがことを思へば

683

人の子の遊ぶをみればにはたづみ流るる涙とどめかねつも

684

もの思ひすべなき時はうち出でて吉野に生ふるなづなをぞ摘む

685

いつまでか何嘆くらむなげけどもつきせぬものを心まどひに

686

子を思ひ思ふ心のままならばその子に何の罪をおほせむ

687

子を思ひすべなき時はおのが身をつみてこらせどなほやまずなり

688

あらたまの年はふれども面影のなほ目の前に見ゆる心か

689

今よりは思ふまじとは思へども思ひ出してはかこちぬるかな

690

思ふまじ思ふまじとは思へども思ひ出しては袖しぼるなり

691

こぞの春折りて見せつる梅の花今は手向けとなりにけるかも

692

からごろも立ちても居てもすべぞなきあまの刈藻の思ひみだれて

693

世の中の玉も黄金も何かせむ一人ある子に別れぬる身は

694

かしのみの唯一人子に捨てられてわが身ばかりとなりにしものを

695

思ふぞへあへずわが身のまかりなば死出の山路にけだし逢はむかも

696

なげけどもかひなきものを懲りもせでまたも涙のせき来るはなぞ

697

子供らを生まぬ先とは思へども思ふ心はしばしなりけり

698

花見てもいとど心は慰まずすぎにし子らがことを思ひて

699

朝戸出て子らがためにと折る花は露も涙もおきぞまされる

700

煙だに天つみ空に消えはてて面影のみぞ形見ならまし

701

なげくとも帰らぬものをうつせみは常なきものと思ほせよ君

702

御仏の信誓ひのごとあらばかりのうき世を何願ふらむ

703

知る知らぬいざなひたまへ御仏の法の蓮の花の台(うてな)に

704

水の上に数かくよりもはかなきはおのが心を頼むなりけり

705

今更にことの八千度くやしきは別れし日より訪はぬなりけり

706

何ごともみな昔とぞなりにける涙ばかりや形見ならまし

707

さむしろに衣片敷き夜もすがら君と月見しこともありしか

708

野べに来て古枝を折ることはいま来む秋の花のためこそ

709

この里の往き来の人はあまたあれど君しなければさびしかりけり

710

君なくてさびしかりけりこの頃はゆききの人はさはにあれども

711

おもほえずまたひの庵に来にけらしありし昔の心ならひに

712

忘れてはおどろかりけりもみぢ葉の先を争ふ世とは知りつつ

713

秋の川や立田の山のもみぢ葉の散るとし聞けば風ぞ身にしむ

714

残りなく散りゆくものをもみぢ葉の色づかぬ間を頼むばかりぞ

715

山風は時し知らねどもみぢ葉の色づかぬ間を何かたのまむ

716

いと早く散れる紅葉におどろきてわが身の秋は思はざりけり

717

遅し疾し何かわかたむうつせみのありてなき世と思ひ知らずや

718

ありてなき世とは知るともうつせみの生きとしものは死ぬるなりけり

719

秋のゆふべ虫の音ききに僧ひとり遠方里は霧にうづまる

720

たむけむと書きなすことのいとよわみあはれなりけり昔思へば

721

をりをりはみ山のねぐらこひぬべしわれも昔の思ほゆらくに

722

餌やとぼし妻やこひしき水鳥の鳴く声きけば我もかなしも

723

もみぢ葉の過ぎにし子らがこと思へば欲りするものは世の中になし

724

いかなるやことのあればか吾妹子があまたの子らをおきて去にける

725

語らずにあるべきものをことごとに人の子ゆゑにぬるる袖かな

726

今日もまた君まさばやと思ふかな立ちかへるべき昔ならねど

727

月花は昔ながらも君在さでおうなの心かこちこそすれ

728

亡き魂の帰りやすると真木の戸も閉さでながむる暁の空

729

なき折は何をよすがに思はましあるにならひし今日の心は

730

手を折りて昔の友を数ふればなきは多くぞなりにけるかな

731

および折りうち数ふれば亡き人の数へがたくもなりにけるかな

732

また来むといひて別れし君ゆゑに今日もほとほと思ひ暮らしつ

733

鳥部野の煙絶えねばうつせみのわが身おぼえてあはれなりけり

734

千代かけてたのみし人もあだし野の草葉の露となりにけらずや

735

幾とせかたのみし人もあだし野の草葉の露となりにけるかな

736

ふる里をはるばるここに武蔵野の草葉の露と消ぬる子らも

737

露と見しうき世を旅のままならばわが家も草の枕ならまし

738

彼れ是となにあげつらふ世の中は一つの玉の影と知らずて

739

今更に死なば死なめと思へども心に添はぬ命なりけり

740

世の中は何にたとへむぬばたまの墨絵にかけるを野の白雪

741

世の中は何にたとへむ山彦のこたふる声の空しきがごと

742

世の中は何にたとへむ弥彦にたゆたふ雲の風のまにまに

743

世の中は越の浦曲に生ふる藻のかにもかくに波のまにまに

744

いめの世にまぼろしの身を置きながらいづくの国へ家出しつらむ

745

ぬばたまの夢のうき世にながらへてたとひ心にかなひたりとも

746

あれありと頼む人こそはかなけれ夢のうき世にまぼろしの身を

747

もろびとのかこつ思ひを寒きとめておのれひとりに知らしめむとか

748

ながらへむことぞ願ひしかくばかり変り果てぬる世とは知らずて

749

むな木にもなるべくなりぬ柏の木うべわが年の老いにけるかな

750

白雲をよそにのみみてすぐせしがまさにわが身につもりぬるかも

751

老が身のあはれを誰に語らまし杖を忘れて帰る夕暮

752

み山木も花咲くことのありといふを年経ぬる身ぞはかなかりける

753

百草の花の盛りはあるらめど下くだちゆくわれぞともしき

754

あらたまの年やつみけむしのぶ草宿には早くおひにしものを

755

しをりしてゆく道なれど老いぬればこれやこの世のなごりなるらむ

756

老いぬればまことをぢくなくなりにけり我さへにこそおどろかれぬれ

757

老いらくを誰がはじめけむ教へてよいざなひ行きてうらみましものを

758

惜しめどもさかりはすぎぬ待たなくに尋めくるものは老にぞありける

759

いとはねばいつか盛りは過ぎにけり待たぬに来るは老にぞありける

760

ちはやぶるいづれの神を祈りなばけだしや老をはらはさむかも

761

をつつにも夢にも人の待たなくに訪ひ来るものは老にぞありける

762

昔より常世の国はありと聞けど道を知らねば行くよしもなし

763

老いもせず死にせず国はありと聞けどたづねて往なむ道の知らなく

764

しげ山にわれ杣たてむ老いらくの来むてふ道に関据ゑむため

765

老の来る道のくまぐま標結へばいきうしといひてけだし帰らむ

766

たまほこの道のくまぐましめゆはば行きし月日のけだしかへらむかも

767

白雪は降ればかつ消ぬしかはあれど頭にふれば消えずぞありける

768

白髪はおほやけものぞかしこしや人の頭も避くといはなくに

769

世にみつる宝といへど白髪にあに及ばめや千千の一つも

770

しらかみはよみの尊のつかひかもおほにな思ひそその白髪を

771

あづさゆみ春はたてども消ぬものはかしらにつもる雪にぞありける

772

しらかみと雪はいづれとわかねども春日の照れる時にぞしるかる

773

年月のさそひて去なば如何ばかりうれしからましその老いらくを

774

わが宿を箱根の関と思へばや年月は往く老いらくは来る

775

年月はいきかもするに老いらくの来ればいかずに何つもるらむ

776

行く水は寒きとむこともあるらめどかへらぬものは月日なりけり

777

行く水はせきとどめてもありぬべし往きし月日のまたかへるとは

778

行く水はせけばとまるを紅葉ばの月日のまたかへるとは

779

いにしへの書にも見えず今日の日のふたたびかへるならひありとは

780

ひさかたの雲のあなたに関すゑば月日のゆくをけだし止めむかも

781

ねもごろのものにもあるか年月は賤が伏屋も尋めて来にけり

782

うたてしきものにもあるか年月は山の奥まで尋めて来にけり

783

はじめより常なき世とは知りながら何ぞわが袖のかわくことなき

784

あらまたの長き月日をいかにして明かし暮らさむ麻手小ぶすま

785

ひさかたの長き月日をいかにしてわが世わたらむ麻手こぶすま

786

明日あらば今日もやかくと思ふらむ昨日の暮ぞ昔なりける

787

今日の日をいかに消たなむうつせみのうき世の人のいたまくもをし

788

なよたけのはしたなる身はなほざりにいざ暮らさましひと日ひと日に

789

ゆくりなくひと日ひと日を送りつつ六十路あまりになりにけらしも

790

思へ君こころなぐさむ月花も積もれば人の老となるもの

791

うちつけに死なば死なずてながらへてかかる憂き目を見るがわびしさ

792

幾秋の霜やおきけむ麻衣朽ちこそまされ問ふ人なしに

793

わが袖はしとどにぬれぬうつせみの憂き世の中のことを思ふに

794

わが袖は涙に朽ちぬ小夜更けてうき世の中のことを思ふに

795

世の中の憂さを思へばうつせみのわが身の上の憂さはものかは

796

かにかくにかわかぬものは涙なり人の見る目をしのぶばかりに

797

うつせみの人の憂けくを聞けば憂しわれもさすがに岩木ならねば

798

あだし名はなくてもがな花がたみとてもうき世の数ならぬ身は

799

木にもあらず草にもあらずなよ竹のかずならぬ身ぞわれは恋しき

800

長崎の鳥の鳴かぬ日はあれども袖のぬれぬ日ぞなき

801

世をいとふ墨の衣のせばければつつみかねたり賤が身をさへ

802

墨染のわが衣手のゆたならばうき世の民を蔽はましものを

803

何故に家を出でしと折りふしは心に愧ぢよ墨染の袖

804

捨てし身をいかにと問はばひさかたの雨ふらば降れ風ふかば吹け

805

身をすてて世をすくふ人も在すものを草の庵にひまもとむとは

806

世の中に門さしたりと見ゆれどもなどか思ひの絶ゆることなき

807

うきことのなほこの上に積れかし世を捨てし身にためしてやみむ

808

くれたけの世はうき節の多きかなわが身許りの上ならなくに

809

世の中にあらむかたなみさわげばや心うきくさ寄辺さだめぬ

810

世の中はすべなきものと今ぞ知るそむけばなどしそむかねば憂し

811

しかりとてそむかれなくに事しあればまづ嘆かるるあな憂世の中

812

よみたててわきてそれとはなけれども常に尽きせぬものにぞありける

813

おほにおもふ心を今ゆ打捨ててをろがみまをす月に日にけに

814

かくあらむとかねて知りせばなほざりに人に心は許すまじものを

815

そこにとふる氷は融くれどもうつせみの人の心の何どとけがたき

816

うちつけにうらやましくぞなりにける峰の松風岩間の滝津

817

越の海人をみるめは尽きなくにまた帰り来むと言ひし君はも

818

春は花秋は千草に戯れなむよしや里人こちたかりとも

819

事足らぬ身とは思はじ柴の戸に月もありけり花もありけり

820

わが庵はおく山なればなかなかに月もあはれに花ももみぢも

821

夕顔も糸瓜も知らぬ世の中はただ世の中にまかせたらなむ

822

難波江のよしあし知らぬ身にぞあれば阿吽の二字はありときけども

823

やみ路より闇路に通ふわれなれば月の名をさへ聞きわかぬなり

824

和泉なる信田が森の蔦の葉の岩のはさまに朽ち果てぬべし

825

おく山の草木のむたに朽ちぬとも捨てしこの身をまたや腐さむ

826

いつまでも朽ちやせなましみ仏の御法のために捨てしその身は

827

あらがねの土の中なる埋もれ木の人にも知らでくち果つるかも

828

いにしへにありけむ人もわが如やものの悲しき世を思ふとて

829

世の中におなじ心の人もがな草のいほりに一夜語らむ

830

同じくはあらぬ世までも共にせむ日は限りあり事は尽きせじ

831

知る知らぬゆくもかへるも諸共にわが古里へ行くといはまし

832

夕光の花より君が色ふかき言葉を神もうれしとや見む

833

世の中にまじらぬとにはあらねどもひとり遊びぞわれはまされる

834

草の庵何とがむらむちがやばし惜しむにあらず花をも枝も

835

すがのねのねもころごろに奥山の竹のいほりに老いやしぬらむ

836

あしひきのみ山を出でてうつせみの人の裏屋に住むとこそすれ

837

しかれとてすべのなければ今更に慣れぬよすがに日を送りつつ

838

うつせみの人の裏屋をかりの庵夜の嵐に聞くぞまさらむ

839

苫ぶきのひまをもわくる夜半の雨ひとりや君が明かしかぬらむ

840

世の中をいとひ果つとはなけれどもなれしよすがに日を送りつつ

841

やまかげの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも

842

山かげの岩根もり来る苔水のあるかなきかに世をわたるかも

843

言の葉の花に涙をそそぐなり世すべなみ身の何しらずとも

844

国上山岩の苔路ふみならしいくたびわれはまゐりけらしも

845

濁る世を澄めともよはずわがなりにすまして見する谷川の水

846

うき世をば高くのがれて国上山あかたに川の水をしるべに

847

国上山杉の下道ふみわけてわが住む庵にいざかへりてむ

848

いざここにわが身は老いむあしひきの国上の山の松の下いほ

849

あしひきの国上の山をもし問はば心におもへ白雲の外

850

恋しくばたづねて来ませあしひきの国上の山の森の下いほ

851

わが宿は越の山奥こひしくばたづねて来ませ杉の下道

852

こひしくばたづねて来ませわが宿は越の山もとたどりたどりに

853

わが宿は国上山もとこひしくばたづねて来ませたどりたどりに

854

乙宮の森の下屋の静けさにしばしとてわが杖うつしけり

855

いざここにわが世は経なむ国上のや乙子の宮の森の下庵

856

おと宮の宮の神杉しめゆひていつきまつらむをぢなけれども

857

乙みやの森の下庵訪ふ人はめづらしものよ森の下庵

858

乙宮の森の木下にわが居れば鐸ゆらぐもよ人来るらし

859

乙宮の森の下屋にわれ居れば人来るらし鐸の音すも

860

乙宮の森の下いほしばしとて占めにしものを森の下庵

861

この殿の巌橿がもと橿がもとわれはしめけりそのかしがもと

862

わが宿の竹の林をうちこして吹き来る風の音のきよさよ

863

わが宿の竹の林は日に千度行きて見れどもあきたらなくに

864

草の庵に立ちても居てもすべぞなきこのごろ君が見えぬ思へば

865

老の身の老のよすがを訪ふとなづさひけらしその山道を

866

山住みのあはれを誰に語らましまれにも人の来ても訪はねば

867

わびぬれど心は澄めり草の庵その日その日を送るばかりに

868

とぶ鳥も通はぬ山のおくにさへ住めば住まるるものにぞありける

869

あしひきの山たちかくす白雲は浮世をへだつ関にてこそあれ

870

あしひきのわが住む山は近けれど心はとほく思ほゆるかな

871

あしひきの山田の田居にわれをればきのふも今日も訪ふ人はなし

872

いざさらばわれよりもこれより帰らましただ白雲のあるに任せて

873

滝つ瀬の音きくばかり庵占めてうき世の白雲に世を送りてむ

874

たきつせの音きくばかり庵しめて世を白雲に送りてむかも

875

逢坂の関のこなたにあらねども往き来の人のあこがれにけり

876

庵にのみわれはありぬと君により言伝をせむわたなかのをち

877

雨はやみぬこの夜明けなば木下のや岩の苔道うちはらひてむ

878

たまほこの道の下草ふみわけてまたと来てみむたどりたどりに

879

里べには笛や太鼓の音すなり深山はさはに松の音しつ

880

夜あくれば森の下いほ鳥なく今日も浮世の人の数かも

881

大殿の林のもとに庵しぬ何かこの世に思ひ残さぬ

882

大とのの森の下庵夜明くれば鳥なくなり朝ぎよめせむ

883

月夜にはいも寝ざりけり大殿の林のもとにゆきかへりつつ

884

おほとのの森の木したをきよめつつ昨日も今日も暮らしつるかも

885

山かげのありその浪のたちかへり見れども飽かぬこれのみ林

886

えにしあらばまたも住みなむ大殿の森の下庵いたく荒すな

887

いくたびか草の庵をうち出でてあまつみ空を眺めつるかも

888

山かげの木の下庵に宿かりて語り果てねば空ぞ更けにける

889

草のいほに立ちゐてみてもすべぞなきあまの刈藻の思ひみだれて

890

ありそみの上に朝ごと立つ市のいよいよ行けばいよいよ消にけり

891

しぶ柿は二つなければみ仏の悲仏のみこゑなしとてもそれ

892

君ませば月日なけれどひさかたの天のみ殿もあらはれぞする

893

ゆきゆきて宝の山に入りぬれば仮の宿りぞ棲処なりける

894

心をば松にちぎりて千とせまで色も変らであらましものを

895

あしたには後の山に薪こり夕べは軒の流れをぞ汲む

896

わたしにし身にしありせば今よりはかにもかくにも弥陀のまにまに

897

わかれにし心の闇に迷ふらしいづれか阿字の君がふるさと

898

手にさはるものこそなけれ法の道それがさながらそれにありせば

899

法の道まことわかたむ西東行くもかへるも波にまかせて

900

あわ雪の中に顕ちたる三千大千世界(みちおほち)またその中に沫雪ぞ降る

901

いく度かまゐる心はかつを寺ほとけの誓ひのたのもしきかな

902

おろかなる身こそなかなかうれしけれ弥陀の誓ひにあふと思へば

903

かにかくにものな思ひそ弥陀仏のもとの誓ひのあるにまかせて

904

わがのちをたすけたまへとたのむ身はもとの誓ひのすがたなりけり

905

やちまたにものな思ひそみだ仏の本の誓ひのあるをしるべに

906

不可思議の弥陀の誓ひのなかりせば何をこの世の思ひ出にせむ

907

み仏のまこと誓ひの弘くあらばいざなひ給へをぢなきわれを

908

み仏のまこと誓ひの弘からばいざなひ給へ常世の国に

909

我ながら嬉しくもあるか弥陀仏のいますみ国に行くと思へば

910

くれたけの直き姿は偽りの多かる世にもさはらざりけり

911

他力とは野中に立てし竹なれやよりさはらぬを他力とぞいふ

912

草の庵に寝てもさめても申すこと南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

913

出づる息また入る息は世の中の尽きせぬことのためしとぞ知れ

914

今よりは何を頼まむ方もなし教へてたまへ後の夜のこと

915

如何なるが苦しきものと問ふならば人をへだつる心と答へよ

916

世の中のほだしを何と人問はばたづねきはめぬ心とこたへよ

917

世の中に何が苦しと人とはば御法を知らぬ人と答へよ

918

水の上に数かくよりもはかなきはみ法をはかる人にぞありける

919

妙なるや御法の言に及ばねばもて来て説かむ山のくちなし

920

極楽にわが父母はおはすらむ今日膝元へ行くと思へば

921

法の道まことは見えできのふの日も今日も空しく暮らしつるかな

922

法の塵にけがれぬ人はありときけどまさ目に一目見しことはあらず

923

心もよ言葉も遠くとどかねばしなく御名を唱へこそすれ

924

ただたのむ三界六道の田長来てみつせの川に鳴きわたるかな

925

比丘の唯万事はいらず常不軽菩薩の行ぞ殊勝なりける

926

僧の身は万事はいらず行不菩薩の法ぞ殊勝なりける

927

業はただ万事はいらず浄不浄菩薩の行ぞ殊勝なりける

928

み草刈り国へだつとも同じ世と思ふ心を君たのみなば

929

霊山の釈迦のみ前に契りてしことな忘れそ世はへだつとも

930

尊しや祇園精舎の鐘の声諸行無常の夢ぞさめける

931

墨染のわが衣手はぬれぬとも法の道芝ふみわけてみむ

932

墨染のわが衣手はぬれぬとも杉のかげ道ふみわけてみむ

933

忘れても人ななやめそ猿よりも汝もむくいはありなむものを

934

いかにして人をそだてむ法のためこぼす涙はわがおとすなくに

935

夕ぐれの岡の松の木人ならば昔のことも問はましものを

936

夕ぐれの岡にのこれる言の葉の跡なつかしや松風ぞ吹く

937

いつとてもよからぬとにはあらねども飲みてののちはあやしかりけり

938

かきてたべつさいてたべわりてたべてさてその後は口も放たず

939

くれなゐの七の宝を諸手しておし戴きぬ人のたまもの

940

鳥と思ひてなうちたまひそみ園生の海棠の実を食みに来つれば

941

今日もまた海棠の実を食みに来ぬいかくれ給へわがかへるまで

942

讃岐のや伊予の国なる土佐が絵をうつしてぞ見るこれの御園は

943

わが宿は竹の柱に菰すだれ強ひて食しませひとつきの酒

944

さすたけの君がすすむるうま酒にわれ酔ひにけりそのうま酒に

945

さすたけの君がすすむるうま酒を更にや飲まむその立ち酒を

946

よしあしの難波のことはさもあらばあれ共に尽さむひとつきの酒

947

うま酒にさかなもて来よいつもいつも草の庵に宿はかさまし

948

大御酒を三杯五つきたべ酔ひぬゑひての後は待たでつぎける

949

漢詩をつくれつくれと君はいへど君し飲まねば出来ずぞありける

950

明日よりの後のよすがはいさ知らず今日のひと日は酔ひにけらしも

951

うまざけを飲みくらしけりはらからの眉白たへに雪の降るまで

952

草のいほりにひとり住みぬるきみもとはばさこそしづけきけふと思へば

953

くりの落つひにもぞ君はきますなるさこそ我は思へけだしいかがあらむ

954

なみなみのわが身ならねばすべをなみたまさかに来し君をかへせし

955

うち延へてただ一すぢの古道を踏まむふまじは君がまにまに

956

浮雲のいづくを宿とさだめねば風のまにまに日を送りつつ

957

うき雲の外つこともなき身にしあれば風の心に任すべらなり

958

なほざりに外に出て見れば日はくれぬまたたちかへる君が館に

959

たれ人かささへやすらむたまほこの道忘れてか君が来まさぬ

960

はなかつみ数にもあらぬ賤が身を永くもがなもと祈る君はも

961

われも思ふ君もしかいふこの庭に立てる槻の木いと古りにけり

962

心あらば草の庵にとまりませ苔の衣のいとせまくとも

963

雨晴れに掌の裾ぬれて来し君を一夜ここにといはばいかがあらむ

964

山里のさびしくなくばことさらに来ませる君に何をあへまし

965

山里の冬のさびしさなかりせば何をか君があへ草にせむ

966

今二日三日もたちなばさすたけの君がみ足もよくなほらまし

967

くすりしのいふもきかずにかへらくの道は岩みち足のいたまむ

968

こよひあひ明日は山路をへだてなばひとりや住まむもとの庵に

969

あしひきの岩松が根にうたげして語りし折をいつか忘れむ

970

間瀬の浦のあまのかるものよりよりに君も訪ひ来よ我も待ちなむ

971

この海ののぞみの浦の雪海苔しかけてしぬばぬ月も日もなし

972

越の海のぞみの浦の海苔を得ばわけて給はれ今ならずとも

973

越の海沖つ波間をなづみつつ摘みにしのりしいつも忘れず

974

世の中は変りゆけどもさすたけの君が心はかはらざりけり

975

あらたまの年は経れどもさすたけの君が心は忘られなくに

976

あらたまの年は経ぬともさすたけの君が心をわが忘れめや

977

水茎の跡もなみだにかすみけりありし昔のことを思へば

978

たらちねの母がかたみと朝夕に佐渡の島べをうち見つるかも

979

いにしへにかはらぬものはありそみとむかひに見ゆる佐渡の島なり

980

天も水もひとつに見ゆる海の上に浮び出でたる佐渡が島山

981

沖つ風いたくな吹きそ雲の浦はわがたらちねのおきつきどころ

982

世の中のうきもつらきもなさけをもわが子を思ふゆゑにこそ知れ

983

から国のかしこき人の親仕へ見れば昔のおもほゆらくに

984

わが親に花たてまらしよ何花をせせなぎ照らす因果の花

985

まま親に花たてまらしよ何花をせせなぎ照らす因果の花

986

さすたけの君が心の通へばやきその夜ひと夜ゆめにみえけり

987

ぬばたまの夜のゆめぢと現とはいづれ勝るとあだくらべせむ

988

世の中に恋しきものは浜辺なるさざえの貝のふたにぞありける

989

さすたけの君と相見てかららへばこの世に何か思ひ残さむ

990

しほのりの山のあなたに君置きてひとりし寝れば生けりともなし

991

君が宿とわが宿わかつ塩法の坂を鍬もてこぼたましものを

992

しほのりの坂も恨めしこのたびは近きわたりをへだつとおもへば

993

しほのりの坂をかしこみこのたびは大川のへをたうて来にけり

994

しほのりの坂は名のみになりにけり行く人しぬべ万代までに

995

しかりとも黙に堪へねば言挙げす勝ちさびをすなわが弟の君

996

うかうかとうき世をわたる身にしあればよしや言ふとも人はうきゆめ

997

この世さへうからうからとわたる身は来ぬ世のことを何思ふらむ

998

おもかげの夢にうつろふかとすればさながら人の世にこそありけれ

999

ゆめに夢を説くとは誰が言ならむさめたる人のありぬらばこそ

1000

形見とて何かのこさむ春は花山ほととぎす秋はもみぢ葉

1001

露霜の秋のもみぢとほほぎすいつの世にかはわれ忘れめや

1002

なきあとの形見ともがな春は花夏ほととぎす秋はもみぢば

1003

ももなかのいささむら竹いささめにいささか残す水茎のあと

1004

残しおくこのふる文は末長くわがなきあとの形見ともがな

1005

良寛に辞世あるかと人問はば南無阿弥陀仏といふと答へよ

1006

うちつけに飯を絶つとにあらねども且つやすらひて時をし待たむ

1007

いくむれか鷺のとまりけり宮の森有明の月はかくれつつ

1008

言にいでていへばやすけしくだり腹まことその身はいや堪へがたし

1009

行くさくさ同じ国路の里人にことづてやせむ雁の玉章

1010

重ねてはとあれかくあれこのたびは帰りたまはれもとの里べに

1011

今よりは夜毎に人をたのみてむ夢夢もまさしきものにありせば

1012

津の国の浪華のことはよしゑやしただに一足すすめもろ人

1013

津の国の浪華のことはいさ知らず草のいほりに今日も暮らしつ

1014

人の性聞けばわが身を咎めば人はわが身の鏡なりけり

1015

うつせみのうつつの心のやまぬかも生れぬさきにわたしにし身を

1016

晴れやらぬ峰の薄雲たち去りて後の光と思はずや君

1017

いにしへは心のままに従へど今は心よわれにしたがへ

1018

今よりはつぎてあはむと思へども別れといへば惜しきものなり

1019

はらからも残りすくなくなりにけり思へば惜しきけふの別れは

1020

いにしへにありけむ人のもてりてふ大みうつはわれはもちたり

1021

ありきつるみ世の仏のつくらせる大みうつはは見るに尊し

1022

うま人のゆくさかへるさ身をさけずもてるうちははこれにあらずや

1023

とこしへにつねに保たばけだしくもうまさびせすと人いふらむか

1024

み仏のしろしめしけむいにしへを今にうつして見るがたふとさ

1025

いにしへのますらたけをの形見ぞと見つつしのぼむ年は経るとも

1026

ここだくも取りみとらずみ見つれどもこのおほみうちはよろしかりけり

1027

今よりは塵をもすゑじ朝な夕なわが見はやさむいたくな侘びそ

1028

これのみはうつりゆくともとどめおきて語りもつがめ後の世までも

1029

このうちはおくりし人は誰びとぞ松の下いほ橘の巣守

1030

あしひきの西の山びに近き日を招きてかへす人もあらぬか

1031

あさもよし君が心のまことゆも経はみ寺にかへるなりけり

1032

かしましとおもてぶせにはいひしかど此頃見ねばさびしかりけり

1033

寒くなりぬ今は螢も光なしこがねの水を誰かたまはむ

1034

草叢の螢とならば宵宵に黄金の水を妹たまうてよ

1035

身がやけて夜は螢とほとれども昼は何ともないとこそすれ

1036

人の身はならはしものぞことさらによく教へてよねぎらひまして

1037

人の身はならはしものぞことさらによく教へてよさきくいまして

1038

教とは誰が名づけけむ白糸の賤がをだまきまきもどしみよ

1039

形さへ色さへ名さへあやさへにこの世の人とおもはれなくに

1040

この僧の心を問はば大空の風の便りにつくと答へよ

1041

わが心ありやあらずと探りみれば空吹く風の音ばかりなり

1042

もののふの真弓白弓梓弓張りなばなどかゆるむべしやは

1043

もののふの真弓白弓梓弓弛みにしよりその日を知らず

1044

年をへても和歌の浦曲にすむ田鶴は君がよはひのためしにぞ見る

1045

慣れなれて何を憂へむ葦田鶴ぬみ園に遊ぶ鶴ぬゆゆしき

1046

事しあれば事しありとて君は来ず事しなき時はおとづれもなし

1047

たがやさん色もはだへも妙なれどだかやさんよりたがやさむには

1048

ことしより君がよはひをよみてみむ松の千年をあり数にして

1049

何をもて君がよはひをねぎてまし松も千とせの限りありせば

1050

いく千代も栄ゆる松にならへばか年はふれども君は老いせぬ

1051

いづこへも立ちてを行かむ明日よりは鳥てふ名を人のつくれば

1052

いざなひて行かば行かめど人の見てあやしめ見らばいかにしてまし

1053

いざさらばわれもやみなむここのまり十づつ十を百と知りなば

1054

いざさらばわれは帰らむ君はここにいやすく寝ねよはや明日にせむ

1055

沖つ藻のかよりかくよりかくしつつ昨日もくらし今日も暮らしつ

1056

さしあたるそのことばかり思へただかへらぬ昔知らぬ行末

1057

つきてみよひふみよいむなやここのとを十とをさめてまた始まるを

1058

さすたけの君がおくりしにひまりをつきてかぞへてこの日くらしつ

1059

あしひきの山の椎柴折り焼きて君と語らむ大和言葉の葉

1060

いで言はつきせざりけりあしひきの山のしひしば折り尽すとも

1061

君や忘る道やかくるるこの頃は待てど暮らせど音づれもなき

1062

君や忘る道や葎のしげるかなこの頃さらにおとづれのなき

1063

くさぐさのあや織りいだす四十八文字声とひびきとたてぬきにして

1064

かりそめのこととおもひそこの言葉ことの葉のみとおもほゆな君

1065

かりそめのこととなききそ唐衣今朝立ちながらいひしことの葉

1066

心さへ変らざりせばはふつたの絶えず向はむ千代も八千代も

1067

夢の世にかつまどろみてゆめをまた語るもゆめもそれがまにまに

1068

いついつと待ちにし人は来りけり今はあひ見て何か思はむ

1069

武蔵野の草葉の露のながらへてながらへはつる身にしあらねば

1070

くるに似てかへるに似たり沖つ波(貞心尼)あきらかりけり君が言の葉(良寛)

1071

水もゆかず月も来らずしかはあれど波間に浮ぶ影の清さよ

1072

わがためにあさりし鮒をいなだきておとしもつけず食しにけるかも

1073

しろしめす民があしくばわれからと身をとがめてよ民があしくば

1074

遠近の県司に物申すもとの心をゆめわすらすな

1075

うちわたすつかさつかさにもの申すもとの心をわすらすなゆめ

1076

いくそばくぞうづのみ手もて大神のにぎりましけむ珍のみ手もて

1077

かくばかり憂き世と知らばおく山の草にも木にもならましものを

1078

君や忘る道や葎のしげるかなこの頃さらにおとづれのなき

1079

うゑてみよ華のそだたぬ里もなし心からこそ身はいやしけれ

1080

相待つときくものゆゑうちつけにおもはぬ訪ひにまさるべらなり

1081

いかにして誠の道にかなはむとひとへに思ふねてもさめても

1082

いかにして誠の道にかなひなむ千とせのうちにひと日なりとも

1083

あまつたふ日はかたぶきぬたまほこの家路は遠しふくろは重し

1084

鉢の子をわが忘るれどとる人はなし取る人はなしその鉢の子を

1085

鉢の子をわが忘るれど人とらずとる人はなしあはれ鉢の子

1086

遠方ゆしきりに貝の音すなり今宵の雨に堰崩(せきく)えなむか

1087

さよ中にほら吹く音のきこゆるはをち方里に火(ほ)やのぼるらむ

1088

もとどりにつつめる玉のひさにあるを今やおくらむその時にかも

1089

いそのかみ古のふる道しかすがにみ草ふみわけ行く人なしに

1090

ますらをの踏みけむ世世のふる道は荒れにけるかも行く人なしに

1091

いにしへの人のふみけむ古みちは荒れにけるかも行く人なしに

1092

むらぎもの心をやらむ方ぞなきあふさきるさに思ひまどひて

1093

うつりゆく世にし住まへばうつそみの人の言の葉うれしくもなし

1094

聞かずしてあらましものを何しかもわれに告げつる君がよすがを

1095

あま人のつたふ御衣かひさかたの雲路を通ふ心地こそすれ

1096

越路なる三島の沼に棲む鳥も羽がひ交はして寝るてふものを

1097

ゆふされば汀にすめる鴨すらも葉ねがひかはしてぬるてふものを

1098

かくありとかねてしりせばむすべもありなましものをかねて知りせば

1099

かくばかり恋しき人の世の中に二人ともあらじとくにも死なむ

1100

横崎のすたへをろがみいそのかみ古りにしことを偲びつるかも

1101

何をもて答へてよけむたまきはる命にむかふこれのたまもの

1102

あたらねばはづるともなき梓弓空を目あてにはなつもの故

1103

いざさらばあはれくらべむ越路なる乙若の春と有明の秋

1104

立田山もみぢの秋にあらねどもよそにすぐれてあはれなりけり

1105

白雲に路はかくれて見えずともおもひのみこそしるべなりけれ

1106

うなばらをふりさけ見つつ背子待つと石となりしは吾身なりけり

1107

ことさらにわきて賜はる山わさびいつか忘れむ君がこころを

1108

心には千重に思へどもいとまなみいまだみ寺にまうでざりけり

1109

えぞが島へ君わたりぬと人づてにきくはまことか蝦夷が島べに

1110

良寛僧が今朝のあさはなもてにぐるおんすがた後の世まで残らむ

1111

良寛が花もて逃ぐるお姿はいつの世までも残りけるかな

1112

極楽の蓮の花の花びらをわれに供養す君が神通

1113

極楽の蓮のうてなを手にとりてわれにおくるは君が神通

1114

いざさらばはちすの上にうちのらむよしや蛙と人は見るとも

1115

水くきの筆を持たぬ身ぞつらき昨日は寺へ今日は医者殿

1116

筆もたぬ身はあはれなり杖つきて今朝もみ寺の門たたきけり

1117

人はみな碁をあげたりといふなれどわれは思案をせぬとこそすれ

1118

粥二合業三合をまぜくはせ五合庵にぞ君は住むなり

1119

自今以後納所は君にまかすべし二合三合の分けのよろしき

1120

君とわれ僅かの米ですんだらば両くはん坊と人はいふらむ

1121

いざさらばわれもこれより乞食せむ借宅庵に君は御座あれ

1122

つくづくと借宅庵の秋の雨うくせのことも思ひ出づらめ

1123

大めしを食うて眠りし報いにやいわしの身とぞなりにけるかな

1124

さけさけと花にあるじをまかせられけふも酒酒あすも酒酒

1125

虫の音も今宵かぼちやとなりにけり薯の鰻となるもことわり

1126

雀ごが人の軒ばにすみなれてさへづる声のそのかしましさ

1127

雁鴨はわれを見捨てて去りにけり豆腐に羽根のなきぞうれしき

1128

見ればをしおよべば高しはこ柿をたごめてたもれ丈高の殿

1129

一度さへ痩せる殿を山蜘蛛が糸ひきかけて天へ舞ひあがる

1130

大空の顔のごとある君なれば来るとはすれど目には見ずけり

1131

一度さへこころにかかるとちうの町双六碁盤からりころり

1132

われだにもまだ食ひたらぬ白粥のそこにも見ゆる影法師かな

1133

蚤虱ねになく秋の虫ならばわがふところは武蔵野の原

1134

おほ沼をななめになして帯解いて虱をとりしことを忘れじ

1135

きぬぎぬの東しらみにかくはしはわがふる布の虱なりけり

1136

ことわりや仏の種を茄子にかへばその色さへも瑠璃にてあらば

1137

天竺の涅槃の像と良寛と枕ならべに相寝たるかも

1138

山伏しの峰わけ衣何と染めむゆかたすそゆき袖はくれなゐ

1139

弥彦山おろちが池の根藤こそ越後で生ひて佐渡で花咲く

1140

今日の日の黄金にまさる朝日様立つ雲はわけて照らしやる

1141

朝霧に乗り出す駒はこまも駒あしげも駒に手綱ゆらゆら

1142

夕立にふりこめられしくされ儒者ひたる君子と誰かいふらむ

1143

大方の世をむつまじくわたりなば十に一つも不足なからむ

1144

小正月いはふ小松の七五三丑につけこむ十分の福

1145

うちはとてあまり丸きは見よからず扇のかどを少し加へて


もどる