遍澄さん現る

 ある夜、なかなか眠れず、うとうととしかけた時のことである。枕の前に黒染めの衣を着た良寛様の法弟である若い姿の遍澄さんがお顕ちになったのである。もちろん遍澄さんを見たことはない。しかしどうした訳か遍澄さんであることがすぐに理解できた。理由は分からない。恐らく夢だからであろう。私は素早く布団から起き上がり、尊敬する遍澄さんに正座してひれ伏し、
「これはこれは遍澄さん、私のような者の前に、お出ましくださいまして誠にありがとうございます」
 というようなことを述べた。
「これ、これ、お顔を上げなされ」
 と、優しいお声で遍澄さんは私に話しかけてきた。私はゆっくりと頭を上げ、遍澄さんのお姿を拝見した。だが、よく見てみると遍澄さんの背後には雑草ばかりのごつごつとした夕暮れの荒野が広がっていた。
 (はて、ここはどこだろう。見たことはあるが、思い出せぬ・・・)
  遍澄さんが一緒に来るよう手招きをしたので、ついて行くことにした。荒野には一本の細くて玉砂利が敷き詰められた道が彼方までずっと伸びていた。
 しばらくついて行くとこんもりと松や樫などが生い茂る杜が見えてきた。それほど大きい杜ではなく、千坪ほどの大きさである。その杜の入り口には大きな二本の柱が立っていた。その柱の間は四メートルほどあった。見上げると柱は遙か彼方まで伸びており、先は夕暮れの雲で覆われていた。
 遍澄さんはその柱の間を通り杜の中に入って行った。私も遅れないように小走りで付いて行った。すると杜の中に社が建っていた。どこかで見たような社である。だが思い出せない。遍澄さんは社の前まで来ると私の方を向き、この前で待つよう手で指示した。
  遍澄さんは社の扉を開けて中に入って行った。どれくらい過ぎたであろうか。一時間か一日か分からなかったが、遍澄さんが何かを持って出できた。何であるかじっと手元を見てみたが、分からなかった。
  遍澄さんは正座している私にその物を示した。よく見るとA4サイズの数十枚の紙であり、全くの白紙である。
「これは何ですか?」
  と私が尋ねると、遍澄さんは微笑んでよく見るよう指示した。最初は何も書かれていないと思われていた最初の紙に、ぼんやりといくつかの漢字が浮かんできた。
「ここ、これは、どういう意味ですか ?」
 と驚きながら遍澄さんを見上げると、周囲の雰囲気はがらりと変わり、私は杜の外の荒れ地に坐っていた。目の前の遍澄さんの姿もだんだんとぼやけてきて、最後には消えてしまった。周囲を探して見たが、どこにもいなかった。彼方の杜の方を見ると柱の間に一人の老人が立っていた。・・・・・・遍澄さんではなかった。あのやせ細った黒衣の良寛様である。良寛様はにっこりと微笑んでこちらの方に手を振っていた。するとだんだんと景色がぼやけてきて、気がつくと窓から朝日が目に差し込んできた。
 私は布団の中で、座りながらしばらく考えていた。
(あれはどういう意味だろう。白紙の用紙は恐らく書類形式であろう。あれに計画書を作れということなのだろうか?)
 このことについてあれこれ二三日考えていたが、私はついに決心したのである。
「この計画書を作ろう !」
 (これは良寛様の意志なのかも知れない・・・・・・。きっとそうであろう・・・・・・)
 それ以来、計画書作りに集中した。その計画書とは・・・・・・、そのうち公開する予定である。

2011.5.10作成