二十代の歌その1
一升瓶六畳部屋に転がして天下国家を論じてをりぬ
朝明けて一番鶏の啼く聞こゆ弧、弧、弧、弧、コケコッコ−
母親に論理を持ちて逆らへど無学といふは力をもてり
日のひかり海の面に広がりて日本海に顔を洗ひき
くれなゐのトマト畑に座りこみ食ひしトマトを忘れかねつも
たそがれのさいの河原に石積みて餓鬼と遊ぶや寺山修司
少年の寺山修司あてどなく仏壇背負ひ野道を行けり
流体のピアノは楽を奏でつつ春の小川を流れてゆけり
枯れ枝に何も無ければおのがじし雀ら群れて止まりゐにけり
押入を開けてみたれば実存が布団の上に座りてをりぬ
白き石白き音せり黒き石黒き音せり碁盤の上に
霧雨に濡れて今夜も九時五分などと歌ひてみたき日のあり
成らざしり七つの恋を分析し共通項は嫌はれました
絵の中の路地を曲がれば笛を吹き踊りてをれるピエロに会ひぬ
漂へるシャボン玉の表面に桜の花の映りて消えつ
灰皿に溜まりてゐたる吸殻の山へ登るぞある夜のわれが
大好きなお玉子様を割りたれば満月様の生まれ出でたり
村上の臥牛の山の夕焼けを本に仕舞ひて終章なりぬ
二日酔ひの頭のネジを巻き締めてカタカタカタと職場へ行きぬ
静止する遠景一点動き出し迫りて来たる冬の電車は
青空と海の接する彼方より白波あまた生まれてやまず
両岸に並ぶ桜の散り散りに川の面を流れてゆけり
飛行機の中より海を眺むれば雲の影よりタンカ−出でつ