四十代の歌


開きたる詩集の中に不思議なる街並ありて暫く歩けり

黄金の光を放ち霊柩車は夕暮の橋渡りてゆけり

久し振りに百人一首詠みたれば思はぬ歌に感動したり

公園の角を曲がれば小径ありて秋風ひとつ我を待ちをり

秋風に日本生まれのライオンの鬣微かに靡いてをりぬ

それぞれの杭にそれぞれ赤蜻蛉の止まりてをりぬ飛べばまた次に

良寛の文字はも生きてゐる如く見る度にかたち異なる様なり

ザリガニは目高捕まへ喰ひてをり名もなき池の中の出来事

川の中をお玉杓子はメロディを奏でる如く流れてゆけり

川底を歩ける蟹の背中にて春の光の揺れてをりけり

紅葉の葉裏葉裏に流れゐる水の光の揺れてをりけり

田圃にて数羽の白鳥憩ひをり昔の日本の家族の如く

幼子の手を持ち一緒に手を合わせ祈る親子の姿ありけり

錆つける鉄条網に蝉の殻しつかとひとつ張りついてをり

坂道を二人の兄弟駆けて来つ手に虫網と虫籠持ちて

母象は水を吸ひ上げ子象の背に打ち水のごと吹きかけてをり

回りゐる風車の影のあはあはと土の上にも回りてをりぬ

詩心は夜汽車に乗つて東京に行かんとしたる想ひの如し

開きたる孔雀の羽根に折れ羽根の一つ二つを見えてをりけり

残雪の下を流るる水音の八分の六拍子のごとし

ペン先よりインクの出でて言の葉の繁りて歌の育ちゆくなり

こんこんと涌きゐる水を両手にて光と共に掬ひて飲みぬ

億年を寄せては返すさざ波のそのひとつの波の足にかかれり

一瞬に川に落ちたる虫一つ羽打ちながら流れてゆけり

芳醇なワインの如く旧かなは歌を美味しくして呉れにけり

ヘルメット被りし男ら一斗缶に木材入れて焚火してをり

誰も居ぬ電車の吊り輪のリズムもち同じ方向に揺れてをりけり