短歌現代新人賞佳作作品
平成6年
百メ−トル競争の如く夕立は乾けるグラウンドを一気に駆けつ
出場の選手発表するわが顔に子らの視線の集まりてゐる
父といふ題にて作文書かせしが働く姿のなかなか見えず
グラウンドの隅にランドセル並べ置きクラスの子らはサッカ−しをり
夏空の神社の屋根に上がりゐる少年を下より叱りてゐたり
学級の壁新聞にわたくしの穴開き靴の記事が載りをり
遠足を嫌がる子らの多くゐて聞けば歩くがきらひとぞいふ
学校区に熊さん一匹現れて柿をうまそに食つて行つたと
芽の出たる処の雪は円形に消えてをりけり花壇の中に
人権といふ壁ありて教育も事実を曲げてしまふことあり
平成7年
ぶらんこの静かに垂れて校舎より子らの出づるを待ち続けをり
止まりゐる車の下より紋白の現れ出でて彼方に消えつ
幼子の白き素足の両側をメダカの群れの過ぎて行きたり
青空のキリンの首は吾子の持つ餌を目がけて降りて来たりぬ
日曜の工業団地に人影の全くあらず蝉のみ鳴けり
百メ−トル競争始まる沈黙の上にトンボの群れ舞ひてをり
月光の差しゐる下に銀杏葉の月の破片の如く散りをり
鶏頭の十数本を庭に植ゑ子規の俳句を鑑賞しをり
満員の電車の如くもろこしの実は不規則に詰まりてをりぬ
円柱や直方体や球体がおでんの鍋に煮られてをりぬ
平成8年
また一羽青空高く舞ひ上がり雲雀は啼けり眩しきほどに
花菖蒲咲きゐる池の傍らを工事現場の人ら過ぎゆく
左利きの猫が舞ひゐる蝶々を左手上げて捕らへむとせり
ハ−ドルに脚を引掛け転びたる少女の背の72番
少年は帽子の中にかぶと虫入れて見せをり誇らしさうに
虫籠を持つ少年とその後を泣きつつ従ふ弟の見ゆ
川底の丸石の上をゆらゆらと絶えず光は流れてゆけり
髪染めし若き大工のはつらつと屋根の上にて釘を打ちをり
母の剥く林檎の皮のするすると下に伸びつつなかなか切れず
早々と稲田一枚刈り取られそこのみ風の吹かぬが如し