現在の歌その1
坂道を上りて行けば青空は歩く速度で広がりゆきぬ
真夜中にインタ−ネットしてをれば吾の意識は電子を流るる
今晩もテレビの中で越後屋は悪しき商人となりてをりけり
消しゴムに消されし歌は消しゴムの滓の中にぞ分散したる
燃えてゐる花火は光を弱めつつ闇の中へと吸はれてゆけり
黒板に貼りて置きたる紋白のさなぎ羽化せり授業の最中
飛行船が飛んでゐるとぞ誰か言ひ窓辺に寄りぬクラスの子らは
白線は道路の上に引かれゆく見事なまでの一本の線
魚屋のカレイの貌をよく見ればピカソのかきし絵の如くみゆ
枯野にて立ちのぼりたる白煙はブラウン運動しつづけてをり
くれなゐの葉の一枚の流れゆく秒速二十センチがほどに
薄青き逆さバナナが幾重にもぶら下がりゐる熱帯植物園
家五件同じ形に並びゐて六件目の家出来つつありぬ
公園のベンチにをればルノア−ルの緑陰処々にありぬ
公園に車のライトの差し入りて一瞬銀杏の舞ひ散るが見ゆ
その昔遊びし路地に人影のあらず光の差しゐるばかり
火事を消し安全速度を守りつつ帰り行くなり消防自動車
物置より独楽を取り出し少年の頃の技にて独楽を回せり
部屋中に酒の匂ひの満ち満ちて六人の男眠りにつけり
水底を紅葉の影の流れゆく濃き影のある薄き影のある
ゆるやかに水を左に右に分け緋鯉は橋の下をくぐりぬ
競泳に一位となりて日の丸を上げたる選手のピアス光れり
年老いしジャイアント馬場の必殺の空手チョップがかなしく決まりぬ
転びてもなほ転びても青空は遙か彼方に広がりてゐる
ガスタンクに巨大な葡萄の描かれてここは葡萄の産地なりけり
吾子連れてディズニ−ランドをさまよへりうつつの時間の止まれる世界
涅槃図の釈尊の周りに集ひたる生き物の中に吾もゐる如し